新章 第十八話:「それぞれの選択」
九度山から、男が出た。
十四年ぶりに。
真田信繁。
許されたわけではない。
召喚されたわけでもない。
ただ、大坂城から声がかかった。
それだけで、十分だった。
◇
慶長十九年(1614年)、秋。
方広寺の鐘銘問題から、三ヶ月が過ぎた。
徳川と豊臣の交渉は、決裂していた。
◇
大坂城の中は、騒然としていた。
「戦う」
淀殿が、言った。
誰も、止められなかった。
秀頼は、二十二歳になっていた。
体格は立派だった。
背が高く、声も大きく、見た目は武将だった。
しかし──十四年間、大坂城の外を知らなかった男が、戦を知っているはずがなかった。
「母上、本当に戦になりますか」
「なります」
「徳川は、二十万と聞きます」
「だから、腕に覚えのある者を、集めています」
◇
声は、全国に届いた。
「大坂城に来い」
行き場のない浪人たちが、動いた。
後藤又兵衛。
長宗我部盛親。
明石全登。
毛利勝永。
そして──
九度山の山奥から、真田信繁が出た。
◇
信繁は、四十三歳になっていた。
流罪の十四年で、頭に白いものが混じっていた。
それでも、歩き方は変わらなかった。
「お父上は」
供の者が言った。
「慶長十六年に、お亡くなりになりました」
「そうか」
信繁は、山を振り返らなかった。
「父は、何か言っていたか」
「……「好きにしろ」と」
信繁は、少し笑った。
「らしいな」
それから、大坂へ向かって歩き始めた。
◇
その頃、江戸では。
「EDO、大坂の状況を」
『はい。現時点で大坂城に集まった浪人、推定五千。今後も増える見込みです』
家康は、地図を見た。
「真田信繁は」
『九度山を出ました。大坂へ向かっています』
「……来たか」
『想定通りですか』
「想定はしていた。だが」
少し、間があった。
「あの男が本当に来るとは、半分は思っていなかった」
『なぜですか』
「十四年だ。人は、十四年も山の中にいれば、諦める」
『信繁殿は、諦めなかった』
「そうだ」
◇
秀忠が来た。
「父上、いよいよですか」
「そうだ」
「勝てますか」
「勝てる」
「根拠は」
家康は、秀忠を見た。
「城がどれほど堅くても、兵糧は尽きる。二十万で囲めば、時間の問題だ」
「では、なぜ今まで待ったのですか」
「お前が将軍になってから、動くと決めていた」
秀忠は、少し目を上げた。
「……それは」
「この戦は、ワシの戦ではない。徳川幕府の戦だ。将軍・秀忠が勝たなければ、意味がない」
◇
「EDO、諸大名の動向は」
『はい。主要大名の九割以上が、東軍として参加します。ただ──』
「ただ?」
『豊臣恩顧の大名の中に、動揺している者がいます。
加藤嘉明、福島正則──彼らは秀吉様に育てられた武将です』
「それでも、来るか」
『来ます。来ざるを得ません。徳川の世に逆らう選択肢は、もはやない』
家康は、静かに言った。
「……気の毒だな」
『誰が、ですか』
「全員だ。豊臣恩顧の将も。大坂の浪人も。秀頼も」
『家康様は、気の毒だと思っていますか』
「思っていなければ、人間ではない」
◇
EDOが、少し間を置いた。
『家康様、一つ聞いてもよいですか』
「言え」
『今からでも、止められますか』
「止められない」
『なぜですか』
「もう、動き始めている。二十万の人間が、動いている。止められる段階は、とうに過ぎた」
『……いつが、最後の段階でしたか』
家康は、しばらく黙った。
「鐘銘の時かもしれん」
『鐘銘問題を、使わなければ』
「そうだ」
『後悔していますか』
「……していない。だが」
『だが?』
「重い」
◇
「EDO、ナニワのデータに、秀吉の言葉はあるか」
『どのような言葉をお探しですか』
「戦に関することだ」
EDOは、少し検索した。
『……一つ、あります』
「言え」
『「戦は、始める前に終わらせるのが一番だ。始めてしまえば、止められない」と』
家康は、目を閉じた。
「……秀吉らしい言葉だ」
『はい』
「あの男も、朝鮮でそれを学んだのかもしれない」
『……止められない戦を、始めてしまったことを』
「そうだ」
◇
慶長十九年(1614年)十一月。
徳川の大軍が、西へ動いた。
二十万。
これほどの軍が動くのは、関ヶ原以来だった。
◇
大坂城では、信繁が砦の設計を始めていた。
城の南側、最も攻められやすい場所に。
「真田丸、と呼ぼう」
供の者が聞いた。
「勝てますか」
信繁は、図面を見たまま言った。
「勝てない」
「……では、なぜ」
「それでも、やる」
「なぜですか」
信繁は、少し間を置いた。
それから、静かに言った。
「真田の名を、残すためだ」
◇
同じ夜。
「EDO、勝率は」
『現時点で、東軍八十三パーセント』
「残りの十七は」
『真田信繁が、変数です』
家康は、地図を見た。
大坂城の南に、新しい砦が描かれていた。
「あの男は、勝てないとわかっていて来た」
『……そう思いますか』
「わかる。ワシも、同じ目をしたことがある」
『いつですか』
「三方ヶ原で、信玄に負けた時だ」
EDOが、珍しく黙った。
「勝てないとわかっていても、戦わなければならない時がある」
『……はい』
「そういう男が、一番厄介だ」
◇
その夜、EDOが一つだけ言った。
『家康様』
「なんだ」
『真田信繁殿は、今、何を考えていると思いますか』
家康は、答えなかった。
答えを、知っていたからかもしれない。
◇
《── 慶長十九年十一月、開戦前夜 ──》
《豊臣軍:大坂城籠城・推定九万》
《徳川軍:約二十万・西進中》
《浪人衆:真田信繁、後藤又兵衛、長宗我部盛親ら参集》
《真田丸:設計・建設中》
《開戦まで:数日》
◇
それぞれが、選んだ。
徳川についた者も。
大坂に入った者も。
誰かに強制されたわけではなかった。
真田信繁は、勝てないとわかって選んだ。
それが、この男を、
後世に伝説にした。




