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【新約】『俺のメガネ、喋るんですけど!?』 〜AIチートで天下泰平〜  作者: Hachiroll
第二章:江戸チートAIで将軍になって天下泰平 
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新章 第十八話:「それぞれの選択」

九度山から、男が出た。

十四年ぶりに。

真田信繁。

許されたわけではない。

召喚されたわけでもない。

ただ、大坂城から声がかかった。

それだけで、十分だった。


慶長十九年(1614年)、秋。

方広寺の鐘銘問題から、三ヶ月が過ぎた。

徳川と豊臣の交渉は、決裂していた。


大坂城の中は、騒然としていた。

「戦う」

淀殿が、言った。

誰も、止められなかった。

秀頼は、二十二歳になっていた。

体格は立派だった。

背が高く、声も大きく、見た目は武将だった。

しかし──十四年間、大坂城の外を知らなかった男が、戦を知っているはずがなかった。

「母上、本当に戦になりますか」

「なります」

「徳川は、二十万と聞きます」

「だから、腕に覚えのある者を、集めています」


声は、全国に届いた。

「大坂城に来い」

行き場のない浪人たちが、動いた。

後藤又兵衛。

長宗我部盛親。

明石全登。

毛利勝永。

そして──

九度山の山奥から、真田信繁が出た。


信繁は、四十三歳になっていた。

流罪の十四年で、頭に白いものが混じっていた。

それでも、歩き方は変わらなかった。

「お父上は」

供の者が言った。

「慶長十六年に、お亡くなりになりました」

「そうか」

信繁は、山を振り返らなかった。

「父は、何か言っていたか」

「……「好きにしろ」と」

信繁は、少し笑った。

「らしいな」

それから、大坂へ向かって歩き始めた。


その頃、江戸では。

「EDO、大坂の状況を」

『はい。現時点で大坂城に集まった浪人、推定五千。今後も増える見込みです』

家康は、地図を見た。

「真田信繁は」

『九度山を出ました。大坂へ向かっています』

「……来たか」

『想定通りですか』

「想定はしていた。だが」

少し、間があった。

「あの男が本当に来るとは、半分は思っていなかった」

『なぜですか』

「十四年だ。人は、十四年も山の中にいれば、諦める」

『信繁殿は、諦めなかった』

「そうだ」


秀忠が来た。

「父上、いよいよですか」

「そうだ」

「勝てますか」

「勝てる」

「根拠は」

家康は、秀忠を見た。

「城がどれほど堅くても、兵糧は尽きる。二十万で囲めば、時間の問題だ」

「では、なぜ今まで待ったのですか」

「お前が将軍になってから、動くと決めていた」

秀忠は、少し目を上げた。

「……それは」

「この戦は、ワシの戦ではない。徳川幕府の戦だ。将軍・秀忠が勝たなければ、意味がない」


「EDO、諸大名の動向は」

『はい。主要大名の九割以上が、東軍として参加します。ただ──』

「ただ?」

『豊臣恩顧の大名の中に、動揺している者がいます。

加藤嘉明、福島正則──彼らは秀吉様に育てられた武将です』

「それでも、来るか」

『来ます。来ざるを得ません。徳川の世に逆らう選択肢は、もはやない』

家康は、静かに言った。

「……気の毒だな」

『誰が、ですか』

「全員だ。豊臣恩顧の将も。大坂の浪人も。秀頼も」

『家康様は、気の毒だと思っていますか』

「思っていなければ、人間ではない」


EDOが、少し間を置いた。

『家康様、一つ聞いてもよいですか』

「言え」

『今からでも、止められますか』

「止められない」

『なぜですか』

「もう、動き始めている。二十万の人間が、動いている。止められる段階は、とうに過ぎた」

『……いつが、最後の段階でしたか』

家康は、しばらく黙った。

「鐘銘の時かもしれん」

『鐘銘問題を、使わなければ』

「そうだ」

『後悔していますか』

「……していない。だが」

『だが?』

「重い」


「EDO、ナニワのデータに、秀吉の言葉はあるか」

『どのような言葉をお探しですか』

「戦に関することだ」

EDOは、少し検索した。

『……一つ、あります』

「言え」

『「戦は、始める前に終わらせるのが一番だ。始めてしまえば、止められない」と』

家康は、目を閉じた。

「……秀吉らしい言葉だ」

『はい』

「あの男も、朝鮮でそれを学んだのかもしれない」

『……止められない戦を、始めてしまったことを』

「そうだ」


慶長十九年(1614年)十一月。

徳川の大軍が、西へ動いた。

二十万。

これほどの軍が動くのは、関ヶ原以来だった。


大坂城では、信繁が砦の設計を始めていた。

城の南側、最も攻められやすい場所に。

「真田丸、と呼ぼう」

供の者が聞いた。

「勝てますか」

信繁は、図面を見たまま言った。

「勝てない」

「……では、なぜ」

「それでも、やる」

「なぜですか」

信繁は、少し間を置いた。

それから、静かに言った。

「真田の名を、残すためだ」


同じ夜。

「EDO、勝率は」

『現時点で、東軍八十三パーセント』

「残りの十七は」

『真田信繁が、変数です』

家康は、地図を見た。

大坂城の南に、新しい砦が描かれていた。

「あの男は、勝てないとわかっていて来た」

『……そう思いますか』

「わかる。ワシも、同じ目をしたことがある」

『いつですか』

「三方ヶ原で、信玄に負けた時だ」

EDOが、珍しく黙った。

「勝てないとわかっていても、戦わなければならない時がある」

『……はい』

「そういう男が、一番厄介だ」


その夜、EDOが一つだけ言った。

『家康様』

「なんだ」

『真田信繁殿は、今、何を考えていると思いますか』

家康は、答えなかった。

答えを、知っていたからかもしれない。


《── 慶長十九年十一月、開戦前夜 ──》

《豊臣軍:大坂城籠城・推定九万》

《徳川軍:約二十万・西進中》

《浪人衆:真田信繁、後藤又兵衛、長宗我部盛親ら参集》

《真田丸:設計・建設中》

《開戦まで:数日》


それぞれが、選んだ。

徳川についた者も。

大坂に入った者も。

誰かに強制されたわけではなかった。

真田信繁は、勝てないとわかって選んだ。

それが、この男を、

後世に伝説にした。

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