新章 第十七話:「鐘の呪い」
慶長十九年(1614年)、夏。
京の東山に、鐘の音が響いた。
方広寺の大鐘が、完成した。
◇
「EDO、鐘銘を見たか」
「はい」
「どう思う」
EDO『四文字ずつ、読んでみます。「国家安康」。「君臣豊楽」』
「わかるか」
EDO『……わかります』
「言え」
EDO『「国家安康」の中に、「家康」の文字があります。
「国家」と「安康」に分かれており──家康様のお名前を、分断していると読めます』
「呪いだ、と」
EDO『そう読もうとすれば、読めます』
「「君臣豊楽」は」
EDO『「豊」の字が入っています。豊臣の繁栄と臣下の楽しみ、と読めます』
◇
家康は、黙っていた。
しばらく、静かに座っていた。
「EDO」
EDO『はい』
「この鐘銘は、呪いか」
EDO『……』
少し、間があった。
EDO『正直に言いますか』
「言え」
EDO『呪いではないと思います』
「なぜだ」
EDO『方広寺の鐘銘を書いたのは、京の儒学者です。
呪いを込める動機が、薄い。おそらく、深い意味なく選んだ言葉だと思われます』
「そうか」
EDO『ただ──』
「ただ?」
EDO『呪いかどうかは、関係ありません』
◇
家康は、少し笑った。
「わかっているな、お前は」
EDO『呪いと言えば、問題にできます。豊臣に謝罪を求めることができます。
豊臣が謝罪すれば、徳川に頭を下げたことになります。豊臣が拒めば、反逆の理由になります』
「そういうことだ」
EDO『……これは、最初から計算していましたか』
「いいや」
家康は、静かに言った。
「鐘銘を見た時、すぐに気づいた。使えると」
EDO『……』
「ワシが計算したのではない。豊臣が、隙を作った」
◇
その夜、林羅山を呼んだ。
「羅山、鐘銘の件、書状をまとめろ」
「はい、大御所様。どのような内容で」
「「国家安康」は家康の名を分断する呪いである。
「君臣豊楽」は豊臣の繁栄を願う不敬である。
方広寺の鐘銘は、徳川を呪い、豊臣の復権を願ったものだ」
羅山は、黙って書き留めた。
「異論があるか」
「……ございません」
「書状を、大坂に送れ」
◇
羅山が去った後。
「EDO、豊臣の反応はどうなると思う」
EDO『二つです。謝罪するか、抵抗するか』
「淀殿は、謝罪しないだろうな」
EDO『はい。淀殿の性格からして、謝罪は、ほぼ不可能です』
「そうだな」
EDO『……家康様、一つ聞いてもいいですか』
「言え」
EDO『本当に、これをしなければなりませんか』
◇
家康は、静かに考えた。
「お前は、止めるか」
EDO『止める権限は、私にはありません』
「権限の話ではないと言った」
EDO『……はい』
「止めたいか」
EDO『……はい』
家康は、目を閉じた。
「ワシも、できればしたくない」
EDO『ならば』
「できれば、だ。できなければ、しなければならない」
EDO『なぜ「できなければ」なのですか』
◇
家康は、立ち上がった。
窓の外の夜空を見た。
「秀頼は、今年二十二歳になった」
EDO『はい』
「体格は、秀吉とは似ても似つかない。背が高く、がっしりとしている」
EDO『はい。推定身長は六尺(約百八十センチ)を超えています』
「人気もある。大坂城に金もある。浪人が集まっている」
EDO『はい』
「あと五年、十年と放っておけば──豊臣は、力を蓄える。そうなれば、今度こそ関ヶ原が再来する」
◇
EDO『……それは、確かですか』
「確かではない。だが、可能性がある」
EDO『可能性だけで、動くのですか』
「ワシは、七十三歳だ」
EDO『……はい』
「あと何年生きられるかわからない。秀忠は、まだ若い。
若い将軍の時代に、豊臣が動けば──徳川の世は、終わるかもしれない」
EDO『……』
「それを防ぐために、ワシが生きているうちに、決着をつける。それが、ワシの最後の仕事だ」
◇
長い、沈黙があった。
EDO『……ナニワのデータに、秀吉様の言葉があります』
「なんと言っていた」
EDO『「秀頼のことを、よろしく頼む」と』
家康は、目を閉じた。
「……知っている」
「その言葉が、ずっと、ここにある」
胸を、静かに押さえた。
「ずっと、ここにある。だが──」
「だが、それでも、だ」
◇
EDO は、しばらく黙っていた。
それから、静かに言った。
EDO『……できるだけ、犠牲が少ない方法を、一緒に考えます』
「第二話でも言ったな」
EDO『変わりません』
「そうか」
「……頼む」
◇
翌朝。
大坂への書状が、送られた。
同時に、諸大名への根回しも、始まった。
表向きは、鐘銘の問題。
実際は、豊臣との最後の交渉が、始まろうとしていた。
◇
按針が来た。
「内府殿、何か動きがあるようですが」
「大坂と、問題が起きた」
「……鐘銘の件ですか」
「知っているか」
「京の噂は、早い」
按針は、少し間を置いた。
「……内府殿は、どうするつもりですか」
「決着をつける」
「戦ですか」
「できれば、そうならない方が良い」
◇
按針は、しばらく黙った。
「内府殿」
「なんだ」
「……秀頼殿は、悪い方ですか」
家康は、少し考えた。
「悪くはない、と聞いている」
「なぜ、戦わなければなりませんか」
「お前には、わからないか」
「……わかりません」
◇
家康は、按針を見た。
「お前の国では、王が二人いられるか」
按針は、少し考えた。
「……いられません」
「そういうことだ」
「でも──片方が、ただ生きているだけなら」
「ただ生きているだけでも、旗になる。
その旗の下に、不満を持った人間が集まる。それが、戦になる」
「……」
「旗がなければ、人は集まれない。だから、旗を──」
家康は、そこで言葉を切った。
◇
EDO『……家康様』
「なんだ」
EDO『続けますか』
「……いい。按針には、わかるだろう」
按針は、静かにうなずいた。
「……わかります。辛い話ですね」
「そうだ」
「内府殿は、苦しいですか」
「苦しい」
「……」
「だが、やる」
◇
《── 慶長十九年夏、京 ──》
《方広寺鐘銘事件:発覚》
《鐘銘:「国家安康」「君臣豊楽」》
《大坂への書状:送達》
《豊臣の返答:待ち状態》
《次の変数:淀殿の判断・大坂冬の陣》
◇
鐘が、鳴った。
その音の中に、
呪いがあったかどうかは、
今もわからない。
ただ、鐘の音は、
終わりの始まりを告げていた。
家康は、七十三歳だった。
秀頼は、二十二歳だった。
老将軍は、
最後の仕事を、始めた。




