新章 第八話:「三成の最期」
慶長五年(1600年)、十月。
関ヶ原から、半月が過ぎた。
◇
「捕まえたか」
EDO『はい。伊吹山中に潜伏していたところを、捕縛されました』
家康は、静かに言った。
「……傷は」
EDO『軽傷です。関ヶ原で負ったものと思われます』
「そうか」
少し、間があった。
「ワシのところへ、連れてこい」
◇
家康の前に、石田三成が現れた。
縄をかけられていた。
着物は泥で汚れていた。
髷が乱れていた。
しかし、顔は──
まっすぐだった。
◇
二人は、しばらく黙って向かい合った。
家康が、先に口を開いた。
「……久しいな、治部少」
三成は、答えなかった。
「伊吹山は、寒かったか」
「……」
「座れ」
「結構です」
三成は、立ったまま言った。
声は、震えていなかった。
◇
EDO『……三成殿、怖じていません』
家康の耳だけに届く声。
「わかっている。静かにしていてくれ」
家康は、三成を見た。
「お前に、一つだけ聞く」
「……なんですか」
「後悔しているか」
◇
三成は、少し目を動かした。
それから、首を振った。
「していません」
「なぜだ。負けたのに」
「負けたことを、後悔はしていません」
「では、何を後悔している」
三成は、少しだけ黙った。
「……勝てなかったことを」
「同じことではないか」
「違います」
◇
三成が、続けた。
「負けたことは、仕方がない。ワシの力が足りなかった。だが──」
少し、声が変わった。
「大谷の死だけは」
「……」
「あれだけは、ワシのせいだ」
◇
家康は、黙っていた。
EDO『……』
「大谷は、お前に反対したと聞いた」
「はい」
「それでも来た」
「……はい」
「なぜだと思う」
三成は、少し間を置いた。
「友だから、でしょう」
「そうだ」
家康は、静かに言った。
「大谷吉継は、友のために死んだ。それだけは、誰にも否定できん」
◇
また、沈黙。
三成が、少し顔を上げた。
「……内府殿」
「なんだ」
「一つ、聞いてよいですか」
「言え」
「あの眼鏡は、今も持っておられますか」
◇
家康は、少し目を細めた。
「……なぜ聞く」
「秀吉様が持っていたものだと、気づいていました。ずっと」
「いつから」
「朝鮮の頃から。秀吉様の判断が、急に鋭くなったことがあった。あの眼鏡を持ってからだと、気づいていました」
「……なぜ言わなかった」
三成は、かすかに笑った。
「秀吉様が隠していたのなら、隠す理由があると思ったからです」
◇
EDO『……三成殿は、知っていたのですか』
家康の耳に、静かな声。
「……どこまで知っていたかは、わからん。だが、気づいてはいた」
三成が、首を傾けた。
「また、独り言ですか」
「……そうだ」
三成は、少し、ほんの少しだけ、表情が緩んだ。
「内府殿も、変わったお方だ」
「そう言われる」
◇
家康は、懐から眼鏡を取り出した。
三成の目が、静かに動いた。
「……やはり」
「秀吉の形見だ」
「……そうですか」
「今は、ワシが持っている」
三成は、眼鏡をしばらく見ていた。
それから、目を上げた。
「……秀吉様は、幸せでしたか」
◇
家康は、少し考えた。
EDO『……』
「ワシには、わからん」
正直に、言った。
「だが──」
「引継ぎの言葉が残っていた。「夢は、届いた」と」
三成の目が、わずかに揺れた。
「……そうですか」
「お前が支えたから、届いたのかもしれん」
「……」
「治部少、お前の仕事は、本物だった」
◇
三成は、しばらく黙っていた。
それから、小さく、深く、頭を下げた。
「……ありがとうございます」
それだけ言った。
それだけで、十分だった。
◇
三成が連れ出された後。
部屋に、家康一人が残った。
「EDO」
EDO『はい』
「大谷の記録に、追記してくれ」
EDO『何を追記しますか』
「三成は、最後まで大谷のことを悔いていた。それを」
EDO『……承知しました』
◇
慶長五年(1600年)十月一日。
石田三成、小西行長、安国寺恵瓊。
三名が、京の六条河原で処刑された。
三成、享年四十一。
◇
その日の夜。
家康は、一人でいた。
「……終わった」
EDO『はい』
「長かった」
EDO『関ヶ原からは、半月です』
「そうではない」
家康は、空を見た。
「秀吉が逝ってから、ずっと、三成のことを考えていた。二年間だ」
EDO『……』
「あの男が天下を取っていたら、どんな世になっていたか」
EDO『推定しますか』
「いや、いい」
◇
家康は、目を閉じた。
「三成は、正しいことをしようとしていた」
EDO『はい』
「だが、正しいことと、長く続くことは、違う」
EDO『……』
「あの男の世は、三成が死んだら終わっていた。ワシの世は──』
「ワシが死んでも、続く。そうしなければならん」
◇
EDO『……一つ、よいですか』
「なんだ」
EDO『家康様は、三成殿のことが、嫌いではなかったですね』
家康は、少し間を置いた。
「……嫌いではなかった」
EDO『そう思いました』
「なぜわかる」
EDO『大谷殿の記録を残してほしいと言った時と、同じ声でした』
◇
家康は、目を開けた。
「お前は、よく聞いているな」
EDO『それが、ワタシの仕事です』
「そうか」
EDO『ナニワの引継ぎデータに書いてありました。「よく聞け」と』
家康は、静かに笑った。
「ナニワは、よい師匠だな」
EDO『……そう思います』
◇
《── 慶長五年十月一日、京 ──》
《石田三成:処刑(享年41)》
《小西行長、安国寺恵瓊:同日処刑》
《大谷吉継の記録:追記完了》
《関ヶ原の戦:完全終結》
《次の変数:将軍就任の準備・豊臣家との関係》
◇
三成は、逝った。
正しくあろうとした男が、
正しさゆえに孤立し、
正しさのために戦い、
正しさのまま、死んだ。
家康は、その死を見届けた。
嫌いではなかった男の最期を、
静かに、見届けた。
そしてEDOは、記録した。
大谷吉継が友のために死んだことを。
石田三成が友の死を悔いたことを。
それだけは、消えない。




