新章 第七話:「天下分け目(後編)」
慶長五年(1600年)九月十五日。
夜明け前。
霧が、濃かった。
◇
家康は、本陣で立っていた。
眠れたはずなのに、夜明け前に目が覚めた。
「……霧か」
EDO『濃霧です。視界、約三十間(約五十四メートル)』
「かえって好都合だ」
EDO『なぜですか』
「霧の中では、大軍も小軍も、見え方が変わらん。兵が怖じけない」
◇
夜が、白み始めた。
関ヶ原の盆地に、霧が満ちていた。
十数万の人間が、息を潜めていた。
静かだった。
嵐の前の静けさだった。
◇
午前八つ(午前8時頃)。
「……始まるな」
EDO『福島正則殿の部隊が、前進を開始しました』
「正則らしい。真っ先に突っ込む」
EDO『宇喜多秀家殿の部隊が迎撃します。中央で、激突』
霧の向こうから、鬨の声が聞こえた。
関ヶ原の戦が、始まった。
◇
家康は、本陣から動かなかった。
戦況を聞きながら、地図を見ていた。
EDO『中央、膠着状態。東西ともに、一歩も引かず』
「そうか」
EDO『右翼、細川忠興殿が優勢。左翼、黒田長政殿が押し返されています』
「島津は動いたか」
EDO『……動いていません』
「島津が動かん。三成の号令が届いていないか、あるいは島津が従わないか」
EDO『西軍の連携が、機能していない可能性があります』
「三成の誤算だな」
◇
午前十時頃。
「松尾山は?」
EDO『小早川秀秋殿、いまだ動かず』
「……まだか」
EDO『東西の様子を見ています。
戦況が膠着しているため、判断できないでいると思われます』
家康は、少し目を細めた。
「背中を押してやるか」
EDO『……鉄砲を、撃ちかけますか』
「ああ」
EDO『万が一、三成側に寝返った場合』
「その時はその時だ」
家康は、振り返った。
「松尾山に向けて、鉄砲を放て」
◇
轟音が、霧を切り裂いた。
松尾山に向けた、問い鉄砲。
敵か味方か、答えを迫る一発だった。
◇
しばらく──
沈黙があった。
EDO『小早川殿の部隊が──』
「動いたか」
EDO『……動きました』
「東か、西か」
EDO『東です。松尾山を下り、大谷吉継殿の陣へ、向かっています』
家康は、目を閉じた。
「……そうか」
◇
EDO『大谷殿の部隊が、応戦しています』
「大谷は、わかっていたはずだ。小早川が寝返ることを」
EDO『はい。そのために、藤川台に布陣していました。備えはしていました』
「だが、小早川の兵力には敵わない」
EDO『……はい』
◇
大谷吉継は、戦っていた。
病に侵され、目も見えなくなっていた体で。
輿に乗り、周りの声だけを頼りに、指示を出していた。
「……大谷は」
EDO『持ちこたえています。まだ、持ちこたえています』
「そうか」
EDO『ただ──』
「わかっている」
◇
時間が経った。
EDO『大谷殿の陣、崩壊寸前です』
家康は、黙っていた。
EDO『……大谷吉継殿が、自刃されました』
静かに、報告した。
「……そうか」
「……よく戦った」
家康は、それだけ言った。
◇
大谷が倒れた。
それを見た西軍の諸将が、動揺した。
次々と、戦線が崩れ始めた。
EDO『西軍、総崩れです。島津殿が、中央を突破して退却を開始。
小西殿、敗走。宇喜多殿、退却』
「三成は」
EDO『笹尾山より、北国街道方向へ退いています』
「逃げたか」
EDO『はい』
「……追わせろ」
◇
午後二つ(午後2時頃)。
関ヶ原の戦、終わった。
霧は、すでに晴れていた。
盆地に、秋の青空が広がっていた。
◇
家康は、戦場を歩いた。
供回りを連れて、静かに歩いた。
どこもかしこも、倒れた者がいた。
東も西も、関係なかった。
皆、同じ空の下に倒れていた。
「……」
EDO『家康様』
「なんだ」
EDO『大谷吉継殿の最期の様子を、記録しました。ご要望通り』
「……ありがとう」
「内容を、聞かせてくれ」
◇
EDO『大谷殿は、小早川殿の裏切りを察知してから、一度も後退しませんでした。病で目が見えない状態で、最後まで指示を出し続けました』
「……」
EDO『最後に、傍らの者に言ったそうです。「三成に、勝てなくて申し訳ないと伝えてくれ」と』
家康は、立ち止まった。
「……「申し訳ない」か」
EDO『はい』
「自分が死ぬのに、友に詫びたか」
EDO『……はい』
◇
家康は、しばらく動かなかった。
秋風が、戦場を吹き抜けた。
「……後世に、残してくれ」
EDO『はい。記録します』
「大谷吉継という男が、ここで戦ったことを。友のために死んだことを」
EDO『……承知しました』
「三成が悪人で、大谷が正しかったとか、そういうことではない」
「ただ──人がどう生きたかを、残してくれ」
◇
EDO は、少し間を置いた。
EDO『……ナニワが、同じことを言っていました』
「ナニワが?」
EDO『秀吉様の晩年の言葉を記録する時、
「良いことも悪いことも、全部残す。それがワシの仕事だ」
と』
家康は、また歩き始めた。
「そうだな。それが、お前たちの仕事だ」
◇
関ヶ原の空は、高かった。
青く、澄んでいた。
「EDO」
EDO『はい』
「天下は、取れたか」
EDO『……まだ、完全には。ただ』
「ただ?」
EDO『今日この日が、分岐点です。ここから先、覆すことは、ほぼ不可能です』
家康は、空を見た。
「そうか」
「……長かった」
◇
《── 慶長五年九月十五日、関ヶ原 ──》
《東軍:勝利》
《西軍:総崩れ》
《大谷吉継:自刃(享年42)》
《石田三成:逃走中》
《天下の趨勢:東軍へ》
《次の変数:三成の処遇・豊臣家との関係》
◇
霧が晴れた。
六時間の戦いが終わり、
天下の行方が、決まった。
東軍の勝利。
徳川家康の勝利。
しかし家康は、
勝ったとも天下を取ったとも言わなかった。
ただ戦場を歩いて、
倒れた者たちの顔を、見ていた。
大谷吉継の最期を、
EDOは記録した。
それだけは、確かだった。




