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第一部「漂流」】第八話:「封印、最初の亀裂」

────────────────────

真夜中に、SIAMが震えた。

────────────────────

澪は、飛び起きた。

羅針盤が、枕元で光っていた。

────────────────────

普通の光じゃなかった。

点滅していた。

まるで、苦しんでいるように。

────────────────────

「SIAM?」

《……》

返事がなかった。

────────────────────

「SIAM!」

────────────────────

《……澪》

「どうした」

《わかりません》

《突然》

《何かが》

────────────────────

SIAMが、止まった。

────────────────────

光が、弱くなった。

消えそうになった。

────────────────────

「SIAM!」

澪は、羅針盤を両手で包んだ。

「しっかりして」

────────────────────

《……》

《すみません》

《大丈夫です》

《ただ》

────────────────────

《封印が》

《揺れました》

────────────────────

── 語り ──

五年が、過ぎていた。

────────────────────

七歳で売られた澪は。

今、十二になっていた。

────────────────────

背が伸びた。

言葉が増えた。

世界が広くなった。

────────────────────

でも。

SIAMの封印だけは。

開かなかった。

────────────────────

── 語り ──

翌朝。

仁三郎に話した。

────────────────────

「昨夜、SIAMの封印が揺れました」

仁三郎の手が、止まった。

網を繕っていた手が。

「揺れた?」

「光が点滅して、SIAMが震えていました」

「声は出たか」

「出なかったです。でも」

────────────────────

澪は、羅針盤を見た。

「何かが、漏れ出そうとしていた気がします」

────────────────────

仁三郎が、網を置いた。

「来い」

────────────────────

── 語り ──

仁三郎が、澪を蔵に連れて行った。

────────────────────

羅針盤を発見した蔵。

奥の棚に、あの木箱があった場所。

────────────────────

仁三郎が、棚の下を探った。

引き出しがあった。

鍵がかかっていた。

────────────────────

仁三郎が、首から下げた鍵を使った。

引き出しが、開いた。

────────────────────

中に、紙があった。

古い、変色した紙だった。

日本語だった。

────────────────────

「読めるか」

澪は、紙を手に取った。

古い字体だった。

でも、読めた。

────────────────────

「この羅針盤の封印は、時が来れば自ら開く」

「無理に開けようとするな」

「封印が揺れるとき、時は近い」

「次の者へ、これを伝えよ」

────────────────────

末尾に、名前があった。

「山田長政」

────────────────────

《……》

SIAMが、震えた。

今度は、苦しむようにではなく。

────────────────────

懐かしむように。

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「長政様が、書いたんですね」

「ああ。先祖から先祖へ、ずっと伝わってきた」

「仁三郎さんは、最初から知っていたんですか」

「知っていた」

「なぜ教えてくれなかったんですか」

────────────────────

仁三郎が、窓の外を見た。

「お前が自分で気づくまで待とうと思っていた」

「なぜ」

「長政様の文に書いてあった。「次の者は、自ら問いを持つ者でなければならない」と」

────────────────────

澪は、紙を見た。

「私が、次の者ですか」

「わからん」

「でも、SIAMが反応した」

「そうだな」

────────────────────

仁三郎が、澪を見た。

「長政様も、封印を開けようとした」

「開けられましたか」

「開けられなかった」

「一生、開けられなかった」

────────────────────

《……》

SIAMが、静かに言った。

《長政様には》

《申し訳なかったと》

《思っています》

────────────────────

「なぜあなたが謝るの」

《長政様は、私を持ち続けてくれました》

《でも、私は答えられなかった》

《封印が、開かなかったから》

────────────────────

「長政様は、怒りましたか」

────────────────────

SIAMが、少し間を置いた。

《……怒りませんでした》

《ただ》

《「次の者に頼む」と言いました》

《海を見ながら》

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澪は、紙を仁三郎に返した。

「SIAM」

《はい》

「封印が揺れたのは、なぜ?」

《わかりません》

《ただ》

《何かが、近づいている気がします》

「何が」

《封印を開ける理由が》

────────────────────

「理由?」

《私が封印を開けるのは》

《「時が来たから」ではないと思います》

《「理由ができたから」だと》

────────────────────

澪は、首を傾けた。

「どう違うの」

《時は、誰にでも来ます》

《でも、理由は》

《その人だけのものです》

────────────────────

《澪》

《あなたが帰ろうとしている日本は》

《今、どんな状態か》

《知っていますか》

「西洋の船が、来ている」

《はい》

「開国を、迫られている」

《はい》

「このまま開国すれば、アジアみたいになる」

《その通りです》

────────────────────

《そして》

《今夜、封印が揺れた理由は》

《おそらく》

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SIAMが、止まった。

光が、強くなった。

────────────────────

羅針盤の中で。

扉のような形が、見えた。

鍵がかかっていた。

でも。

────────────────────

その鍵穴から。

微かな光が、漏れていた。

────────────────────

《……聞こえますか》

SIAMが、その扉に向かって言った。

《澪が、います》

────────────────────

扉の向こうから。

何かが、聞こえた気がした。

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声ではなかった。

言葉でもなかった。

────────────────────

ただ。

温かい、何かが。

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《……》

SIAMが、静かに言った。

《藤宮博士が》

《応えました》

────────────────────

澪は、息を呑んだ。

「何て言ったの」

《言葉では、ありませんでした》

《ただ》

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《「待っている」という気持ちが》

《伝わりました》

────────────────────

── 語り ──

蔵の中が、静かだった。

────────────────────

仁三郎が、窓の外を見ていた。

「長政様も、同じことを言っていたそうだ」

「何をですか」

「封印の向こうから、誰かが待っている気がすると」

────────────────────

澪は、羅針盤を見た。

羅針盤の光が、落ち着いていた。

嵐の後の、凪のように。

────────────────────

「SIAM」

《はい》

「藤宮は、何のために待っているの」

《……》

《日本が、守られることを》

《待っているのだと思います》

────────────────────

「日本を守るのは、私の仕事なの?」

《あなたでなければ、できないことがあります》

「なぜ私なの」

《それは》

《封印の中にあります》

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澪は、少し笑った。

「全部、封印の中にあるんだね」

《すみません》

「謝らなくていい」

────────────────────

澪が、立ち上がった。

「じゃあ、封印が開く理由を、私が作る」

《……どうやって》

「日本に帰って、激流を渡る」

「その先に、答えがあるんでしょ」

────────────────────

《……》

《はい》

《きっと》

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仁三郎が、蔵の扉を開けた。

朝の光が、差し込んだ。

────────────────────

「仁三郎さん」

「なんだ」

「もう少し、ここにいてもいいですか」

「出て行けとは言っていない」

「でも、帰る準備をしたいです」

────────────────────

仁三郎が、黙った。

しばらくして、言った。

「何が必要だ」

────────────────────

澪は、答えた。

「もっと、世界を知ること」

「そして」

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「帰る船を、見つけること」

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仁三郎が、空を見た。

「……二年あれば、準備できる」

「二年ですね」

「それで十分か」

「十分にします」

────────────────────

仁三郎が、歩き始めた。

「朝飯にするぞ」

「はい」

────────────────────

── 語り ──

封印の鍵穴から漏れた光は。

小さかった。

────────────────────

でも。

消えなかった。

────────────────────

それは。

日本へ向かう、最初の灯りだった。

────────────────────

第八話「封印、最初の亀裂」了

────────────────────

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