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多元宇宙の管理者  作者: 黒海苔
一章:魔王襲来

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A1:世界の崩壊

アキ視点の回想シーンです。

 その日は、どこまでも澄み渡った青空が広がっていた。

 吸い込まれそうなほど高く、透明で――少し、眩しすぎるくらいに。


 校舎の上空では、気流制御魔法で浮遊する点検ドローンが、ゆっくりと円を描いている。

 街路樹の葉は、成長促進の付与を受けてか、季節外れに青々としていた。


 ――この世界では、魔法もスキルも、特別なものじゃない。

 スマートフォンや電車と同じ、“生活の一部”だ。


「アキ、またぼーっとしてる。授業終わったぞ」


 聞き慣れた柔らかな声に顔を上げると、そこには恋人の純一が苦笑いを浮かべて立っていた。

 黒髪を指でかき上げながら、彼は当然のように私の銀色の髪に手を伸ばす。


 ――純一の【生活魔法・整髪】。

 指先が触れるたび、寝癖がふわりと直るのが少し悔しい。


「……あ、ごめん。今日、空が綺麗すぎて」

「そうだな。でも、そんなに空ばっかり見てたら俺が嫉妬するんだけど」


 冗談めいた声。

 私は思わず笑って、彼の制服の袖を掴んだ。


「純一は空に嫉妬するタイプなんだ」

「うるさい。今日の数学の小テストも嫉妬するくらいには最悪だったし」

「また赤点?」

「ギリ耐えた。奇跡。

 ……スキル【集中力向上】、試験中に切れるの反則だろ」


「日常スキルは万能じゃないって、先生言ってたでしょ」


 どうでもいい会話。

 明日になれば忘れてしまうような、取るに足らないやり取り。


 ――それでも、この時間が、私の世界のすべてだった。


 放課後の教室。

 夕日に染まる窓ガラス。

 黒板には、さっきまで使われていた簡易魔法陣が、まだ淡く残っている。


 ほんの少し背伸びをした、恋人同士の距離。


 この穏やかな日常が、ずっと続くのだと。

 スキルも、魔法も、明日も――

 当たり前のように、そこにあるのだと。


 疑いもしなかった。


 その時だった。


 耳を裂くような、不気味な音が天から降り注いだ。


 雷でも、爆発でもない。

 まるで、世界そのものが悲鳴を上げたかのような音。


「……純一、今の……?」


 返事を待つ間もなく、空が――裂けた。


 澄み渡っていた青空に、巨大な亀裂が走る。

 引き裂かれた向こう側から、黒い影が溢れ出してきた。


 巨大な蜂。

 人の胴ほどもある体躯に、無数の複眼が不気味に光る。


 地面が揺れ、アスファルトを突き破って現れたのは、装甲のような外殻を持つ巨大な蟻。


 一瞬で、日常は地獄へと変貌した。


「……逃げろ!!」


 誰かの叫び声。

 悲鳴。破壊音。羽音。


 空も地上も、すべてが“蟲”に支配されていく。


「アキ、走れ! 早く!!」


 純一が、私の手を強く引いた。

 必死に走る。けれど、街はもう逃げ場ではなかった。


 崩れ落ちる建物。

 押し潰される人影。


 その混乱の中で、私は“それ”を感じてしまった。


 ――見られている。


 空の裂け目の向こう。

 無数の蟲たちが、まるで何かの命令を待つかのように静止する。


 その中心に、形の定まらない巨大な影があった。


 理解してしまった。

 あれが、すべての蟲を統べる“王”。


「……っ」


 足が、止まった。


 その刹那――


「――アキ!!」


 純一の叫び。


 瓦礫が崩れ、私に向かって倒れ込んでくる。

 反射的に目を閉じた。


 衝撃。

 ――そして、痛みは来なかった。


 代わりに響いたのは、肉が潰れる鈍い音と、純一の苦悶の声。


「じゅ……ん……いち……?」


 目を開けると、そこには私を庇うように瓦礫の下敷きになった純一がいた。


「あ、アキ……よかった……怪我、ないな……」


「純一! 待って、今助けるから……!」


 瓦礫に手をかける。

 けれど、びくともしない。


 純一の黒い髪が、彼自身の血で赤く染まっていく。


「逃げ……ろ……アキ……」

「やだ……一緒に……」


「……生きて……」


 力の抜けた、穏やかな笑み。

 それが、彼の最後だった。


 繋いでいた手から、温もりが失われていく。


「純一……? 嘘……目、開けてよ……」


 叫んでも、彼はもう答えない。


 その瞬間、はっきりと理解してしまった。

 世界が壊れたのではない。

 私の“明日”が、先に壊れただけだ。


 蟲たちが、動けない私を“獲物”として認識し、ゆっくりと距離を詰めてくる。


 ――ああ。


 ここで、終わるんだ。


 純一のいない世界で、生きる意味なんて。


 薄れゆく意識の中で、私は赤い月を見た。


 カツン、と。


 炎と瓦礫に支配されたこの場所に不釣り合いな、優雅な靴音。


「あなたは……まだ、生きたい?」


 現れたのは、一人の女性だった。


挿絵(By みてみん)


 夜色のドレスに身を包み、背中には深紅の裏地を持つ外套。

 腰まで流れる銀色の髪が静かに揺れ、血のように赤い瞳が私を見下ろす。

 その指先からは、まるで生き物のように黒い雫が垂れていた。


 彼女が立った瞬間、凶暴だった蟲たちが怯えたように距離を取る。


「……あ、なた……は……」


「ミレイユ。

 この、掃き溜めのように美しく、醜い世界の……支配者よ」


 彼女は純一を一瞥し、静かに首を振った。


「彼は、もう救えない」


 胸が、潰れそうになる。


「……けれど、貴女なら救えるわ」


 私は冷たくなった純一の手を、強く握り締めた。


 彼が守ってくれた命。

 彼が繋いでくれた未来。


「……生きたい」


 声は震えていた。

 それでも、目は逸らさなかった。


「生きて……この世界を……」


 ミレイユは、微かに笑った。


「いい目ね。気に入ったわ」


 首筋に、冷たい感触。

 牙が、突き立てられる。


 ――心臓が、一度、完全に止まった。


 次の瞬間、別の鼓動が胸の奥で鳴り響く。

 重く、熱く、獣のような鼓動。


 視界が赤く染まり、世界の輪郭が異様なほど鮮明になる。


 ――私は、人間を終えた。


「アキ。どう生きるかは、貴女が決めなさい」


 私は立ち上がる。


 足元には、純一がいる。


 そっと口づけを落とし、前を向いた。


「……行きましょう、ミレイユ」


「あら。もう立派な顔ね」


 ――そして時は流れ。


 蟲魔王は封印され、ミレイユ様は力を使い果たし、幼い少女の姿となった。

 あの日、世界を、そして私を救ってくれた恩を返すため、私は彼女の元で働いている。


 ある日、サキ様に呼ばれた。

 彼女は、蟲魔王襲来以前からミレイユ様の眷属であり、今はこの国の運営を担う存在。


 部屋に入ると、そこにはミレイユ様と――


 淡い光を纏った、小さな精霊が宙に浮かんでいた。

 桜色の髪と透き通る羽。

 花弁のような衣を揺らしながら、優しく微笑んでいる。


 そして、銀髪の女性。


 血のような赤い瞳が、静かに私を捉えた。


回想シーンの続きの展開は、『外伝:異邦人誕生物語』に書かれているので、興味があればご覧ください。

面白いと感じましたら、ブクマ、評価、コメント等をよろしくお願いします。

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