R3:聖女の演説
冒険者登録を終え、ギルドの重厚な扉を出た瞬間、リンはふっと肩の力を抜いた。
「……思ったより、あっさり終わったな」
木札のような冒険者証を指でなぞりながら、石畳の街路へと歩き出す。
中世ヨーロッパを思わせる街並みは、どこを切り取っても絵になる光景だった。
左右には木組みの家々が連なり、赤茶の屋根の下では商人たちが声を張り上げている。
果物の籠、革袋、簡素な武具。
行き交う人々の服装もまちまちで、明らかに異邦人と思しき者も少なくない。
この街が、多くのプレイヤーの「最初の拠点」なのだと、リンは実感する。
しばらく目的もなく歩いていると――
街の奥、少し開けた広場の方から、ざわめきが聞こえてきた。
「……人、多くない?」
自然と足がそちらへ向く。
人垣を縫うように進んだ先で、リンはその理由を知った。
そこに建っていたのは、街並みの中でもひときわ目を引く建造物だった。
淡い灰色の石で組まれた荘厳な神殿。
正面には大きなアーチ状の入口があり、その上には金色の意匠が施されている。
細長い尖塔の先には十字の装飾が掲げられ、白地に金刺繍の垂れ幕が、風に揺れていた。
街の喧騒とはどこか切り離された、静謐で神聖な空気。
リンは無意識に息を呑む。
「……神殿、か」
その階段の上。
人々の視線が、一点に集まっていた。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
白銀の髪は柔らかく光を反射し、淡く揺れている。
頭上には金色の光輪を思わせる装飾が浮かび、額には青い宝石がはめ込まれていた。
純白の衣は幾重にも重なり、金糸の刺繍が細部まで施されている。
清楚で、可憐で――
それでいて、ただの「可愛い少女」では終わらない、圧倒的な存在感。
「……あれが、聖女?」
リンは直感的に理解した。
この世界で、特別な役割を与えられた存在だと。
聖女は、静かに手を掲げる。
それだけで、ざわめいていた群衆が、波が引くように静まり返った。
澄んだ声が、広場に響く。
「――皆さま。どうか、落ち着いてお聞きください」
優しく、しかし芯のある声音。
一言一言が、空気を震わせるようだった。
「先ほど、私は神より神託を授かりました」
その言葉に、ざわりと人々が息を呑む。
「神託の内容は――」
聖女は、まっすぐ前を見据え、告げる。
「間もなく、この街に魔王が訪れます」
一瞬、世界が止まったように感じられた。
次の瞬間――
広場は一気に騒然となる。
「ま、魔王だって!?」
「冗談だろ……」
「聖女様の神託だぞ……」
不安、恐怖、疑念。
様々な感情が渦巻く中で、リンはその場に立ち尽くしていた。
(……魔王? イベント? それとも――)
これはただのフレーバーなのか。
それとも、明確なゲーム進行上のトリガーなのか。
プレイヤーとしての思考が、頭をもたげる。
聖女は、騒めく人々に向けて、もう一度声を張った。
「恐れる必要はありません。
この街には、多くの冒険者が集っています。
皆で力を合わせれば、未来は必ず守られます」
その言葉は、希望の光のようにも聞こえた。
だが同時に――
「これから何かが始まる」ことを、強く示していた。
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