R4:魔王襲来
神殿前の喧騒から少し離れ、リンは通りの端に腰を下ろした。
視界の端に掲示板ウィンドウを開く。
次々と流れていく文字。
驚き、混乱、期待、不安。
そして――熱。
(……すごい)
同じものを見て、同じ瞬間を体験して、
それぞれが違う反応をしているのに、
すべてが一つの流れになっている。
異邦人たちの声が、世界の裏側で渦を巻いている。
「イベントだろ」
「いや、NPCの反応がリアルすぎる」
「この街、好きになり始めたんだけど……」
リンは掲示板を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
(このゲーム……)
ただの“始まりの街イベント”じゃない。
誰もが、なんとなくそれを感じ取っている。
その時だった。
――風が、止んだ。
さっきまで街を満たしていたざわめきが、
音を失ったかのように消える。
リンは顔を上げた。
次の瞬間、空から影が落ちる。
翼音。
それは雷鳴にも似た、重く、確かな羽ばたきだった。
人々が悲鳴を上げ、兵士たちが武器を構える。
――空から、彼女は降りてきた。
漆黒の翼。
頭から伸びる二本の角。
長い黒髪と、赤く輝く瞳。
黒と紫を基調とした衣装は、優雅でありながら、明確に“敵”を示している。
彼女は地上数メートルで静止し、街を見下ろして、愉快そうに微笑んだ。
「我が名はイザベラ」
その声は、よく通り、冷たく、そして美しかった。
「魔族を束ねる者。
――魔王である」
次の瞬間、鋼の音が響く。
白銀の髪をなびかせ、一人の少女が神殿側から歩み出た。
白と銀の軽装鎧。
腰には剣。
凛とした青い瞳が、魔王を射抜く。
「ここは人の街だ。
魔王よ、これ以上の侵入は許さない」
剣を抜き、真正面から魔王を見据える。
だが、イザベラは肩をすくめるだけだった。
「今日は戦いに来たわけではない」
そう言って、彼女は視線を――リンを含む、異邦人たちへと向けた。
「南の大陸で待っている。
選ばれし者たちよ……来るがいい」
その瞬間、リンは気づいた。
(……動ける)
普通のゲームなら、ここはムービーだ。
キャラクターは操作不能で、見ることしかできない。
だが――
リンの体は、自由だった。
(このゲーム……普通じゃない)
魔王が翼を広げ、空へと飛び立とうとした、その時。
リンは叫んだ。
「――待ってください!!」
街が凍りついた。
「私を……
貴方様の、配下にしてください!」
ざわめき。
悲鳴。
怒号。
「何を言っている!?」
勇者セレンが振り返り、リンを睨む。
兵士たちが動揺し、聖女は言葉を失う。
だが――
魔王イザベラは、笑った。
楽しそうに。
心底、愉快そうに。
「……面白いことを言う」
空中で向き直り、赤い瞳を細める。
「だが問おう。
お前を配下にして、私に何のメリットがある?」
リンの頭が、猛烈な速度で回転する。
(魔力? 戦力? 今の私じゃ無理……)
その時、ふと、思い出す。
掲示板。
異邦人だけの、世界を超えた情報網。
「私たち異邦人は……
どれだけ離れていても、互いに意思疎通ができます」
「世界中の情報を、一瞬で共有できます」
「誰がどこで何を見たか、何が起きているか……
それを、知ることができるんです」
魔王の目が、わずかに見開かれた。
「……名は?」
「リンです」
イザベラは、しばし考えるように黙り込み――そして言った。
「南の大陸は、この地よりも魔力が濃い」
「今のお前では、耐えられぬ」
くるりと背を向け、翼を広げる。
「強くなれ。
そして南へ来い」
「その時――
考えてやろう」
そう言い残し、魔王イザベラは空へと消えた。
空が元に戻り、ざわめきが戻る中、
リンの視界に、巨大な文字が浮かび上がる。
【ワールドクエスト発生】
魔王イザベラ討伐
リンは、それを見つめながら、静かに拳を握った。
このゲームでの目標ができた。とりあえず、ダンジョンに行き、強くなる。そして、南の大陸への行き方を調べ、魔王に会いに行く。
せっかくのゲームの世界。
楽しまないと……
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