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多元宇宙の管理者  作者: 黒海苔
一章:魔王襲来

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R2:冒険者ギルド

 視界が、ゆっくりと光を取り戻す。


 白一色だった世界が、霧が晴れるように色づき――次の瞬間、私は石畳の上に立っていた。


「……ここが、アルヴァリア」


 足元には、不揃いに敷き詰められた石畳。

 一歩踏み出すたび、靴底から硬質な感触が伝わってくる。


 空は高く、澄み切った青。

 白い雲がゆっくりと流れ、遠くからは教会の鐘の音が微かに響いていた。


 視線を巡らせる。


 そこには、中世ヨーロッパ風の街並みが広がっていた。


挿絵(By みてみん)


 赤茶色の屋根を持つ木組みの建物が、通りに沿って整然と並び、壁には白い漆喰。

 軒先には木製の看板が吊るされ、風に揺れている。

 通りの両脇には露店が立ち並び、果物や布、焼きたてのパンが所狭しと並べられていた。


 香ばしい匂い。

 馬車の軋む音。

 人々の話し声と、子どもたちの笑い声。


 ――どれもが、作り物とは思えないほど“本物”だった。


「すご……本当に、異世界に来たみたい」


 風が頬を撫で、肌に冷たさを残す。

 足裏の感触も、空気の匂いも、現実と区別がつかない。


 これが、フルダイブVRMMO

 ――『Alvaria Incognita Online』。


 私は軽く深呼吸し、自分の姿を確認する。


 身に着けているのは、シンプルな魔法使い用のローブ。

 無駄のないデザインながら、どこか神秘的な雰囲気をまとっている。

 手には細身の杖。腰には小さなポーチ。


 その重みすら、はっきりと感じられた。


「……うん、大丈夫」


 視界の端に、半透明のウィンドウが浮かび上がる。


 《冒険者登録を行っていません》

 《街での活動には、冒険者登録を推奨します》


「冒険者、か……」


 正直、この世界の冒険者が何をする存在なのか、よく分かっていない。

 でも、ゲームなら――まずはギルド、だろう。


 私は街の大通りを歩き出した。


 通りにはNPCらしき住民だけでなく、明らかに挙動のおかしい人たちも混じっている。

 やたらと周囲を見回したり、意味もなくジャンプしたり、空を見上げて立ち止まったり。


 ――異邦人。

 私と同じ、プレイヤーだ。


 しばらく歩いたところで、街の中央付近に差し掛かる。


 そこで、思わず足を止めた。


挿絵(By みてみん)


「……でか」


 視界いっぱいに広がる、巨大な石造りの建物。

 分厚い外壁、重厚な梁、堂々とした造り。

 正面には、大きな両開きの扉が構え、建物の壁には青地に金の紋章が掲げられている。


 明らかに、この街の中枢施設だ。


 しかも――


「……人、集まりすぎじゃない?」


 建物の前には、信じられないほどの人だかり。

 長蛇の列がいくつも伸び、そのほとんどが異邦人だった。


 建物の上部に刻まれた文字を読む。


 《冒険者ギルド》


「……あ、やっぱり」


 異邦人が大量に訪れる前提で作られているのか、建物そのものが異様なほど広い。

 私は人の流れに押されるようにして、中へ足を踏み入れた。


 ――中は、さらに圧巻だった。


挿絵(By みてみん)


 天井は高く、太い木の梁が張り巡らされた広大なホール。

 壁際には掲示板がずらりと並び、無数の依頼書が貼られている。

 奥には長い受付カウンターが設置され、複数の職員が忙しなく対応していた。


 そして――


「……列、長っ」


 受付前には、いくつもの長蛇の列。

 完全に予想外だ。


 仕方なく、列の最後尾に並ぶ。


 前後から聞こえてくるのは、戸惑いと興奮が入り混じった声。


「このゲーム、説明なさすぎだろ……」

「ダンジョンって、どうやって行くんだ?」

「死んだらどうなるんだっけ?」


 ……どうやら、私だけじゃないらしい。


 冒険者ギルドの長い列を抜け、ようやくたどり着いた受付カウンターの向こうに、一人の女性が立っていた。


挿絵(By みてみん)


 淡い茶色の髪は肩より少し下まで伸び、きちんと整えられている。派手さはないが清潔感があり、前髪の隙間から覗く柔らかな瞳は、列に並ぶ異邦人たち一人ひとりをきちんと見ているようだった。

 服装は冒険者ギルドの職員用と思しき、落ち着いた色合いの制服。動きやすさを重視した作りで、胸元には小さなギルドの紋章が留められている。実用的でありながら、どこか品があった。


 忙しそうなはずなのに、彼女の動作には余裕がある。書類を受け取り、確認し、説明をする。その一つひとつが淀みなく、慣れていることが一目で分かった。


 ――この人、すごく「受付の人」だ。


 リンがそんなことを考えていると、女性はふっと表情を和らげ、こちらを見て微笑んだ。


「お待たせしました。初めての方、ですよね?」


 その声は落ち着いていて、けれど事務的すぎない。リンの胸にあった、よく分からない世界に放り込まれた不安が、少しだけ軽くなる。


「は、はい……」


 リンがそう答えると、女性は軽く頷き、胸元に手を添えて一礼した。


「冒険者ギルドの受付を担当しています、エリナと申します。

 この街に来たばかりの方も、異邦人の方も、ここでは皆さん同じ“新人冒険者候補”ですから、分からないことは何でも聞いてくださいね」


 エリナはそう言って、柔らかく笑った。


 その笑顔に、作られた営業用のものではない、長い時間この場所で人と向き合ってきた人間の温度を感じる。


「……リンです」


 名乗ると、エリナはすぐにその名前を繰り返した。


「リンさん、ですね。ではまず、冒険者登録と、この世界の仕組みについてご説明します。

 少し長くなりますが、大丈夫ですか?」


 リンは一瞬だけ迷い、そして小さく息を吸ってから、しっかりと頷いた。


「……お願いします」


 その返事を聞いたエリナは、満足そうに頷き、カウンターの奥から一枚の登録用紙を取り出す。


「では、冒険者とダンジョンの基本について説明します」


 女性職員はそう言って、水晶板を取り出した。

 淡く光るその表面に、文字と図が浮かび上がる。


「まず、冒険者にはレベルがあります。レベルは1から10まで。全員、レベル1からのスタートです」


「……10まで、なんですね」


 思ったより少ない。

 カンストまで何百、何千レベルもあるようなゲームを想像していた私は、少し意外に感じた。


「次に、ダンジョンにもレベルがあります。こちらも1から10までです」


 水晶板に、階層構造のような図が表示される。


「基本的には、冒険者レベルと同程度のダンジョンを攻略することが推奨されています」


「例えば、冒険者レベル3の方が4人集まれば、レベル3のダンジョンを攻略可能です」


「……なるほど、パーティ前提なんですね」


「はい。もちろん、ソロで挑戦する方もいますが、危険度は大きく上がります」


 まあ、そうだよね。

 現実みたいな感覚の世界で、命懸けの場所に一人で行くなんて、正直怖い。


「ダンジョン内には魔力が満ちています」


 水晶板の図が変わり、濃淡の違う光が揺らめく。


「ダンジョンのレベルが高いほど、魔力の濃度も高くなります」


「その魔力を適切に浴び続けることで、人間の身体能力や魔力は向上します」


「つまり……経験値、みたいなものですか?」


「近い概念です。ただし、数値ではなく、身体そのものが変化します」


 経験値バーが溜まってレベルアップ、というより――

 環境に順応して、身体が作り変えられていく感じ、か。


「ただし――」


 職員の声が、わずかに低くなった。


「魔力が濃すぎると、人間は耐えられません」


「冒険者レベル3の方が、レベル6のダンジョンに入った場合、数秒で意識を失います」


「……数秒」


 軽い気持ちで入ったら、即アウトじゃない。


「逆に、レベルが低すぎるダンジョンでは、長時間滞在しても成長は見込めません」


「適切なレベルのダンジョンを、適切な時間攻略することが重要です」


 ……思った以上にシビアだ。


「また、ダンジョン内に出現する魔物を討伐することで、何もしないよりも効率よく身体に魔力を馴染ませることができます」


「魔物と戦うこと自体が、成長の一部なんですね」


「はい」


 水晶板に、剣を振るう人影の図が浮かぶ。


「同じダンジョンでも、深く潜るほど魔力の濃度は上がります」


「そのため、急いで攻略するのではなく、ゆっくり、慎重に進み、身体を慣らしながら攻略するのがポイントです」


 ……ただ突っ走ればいいわけじゃない。

 完全に“生き残るための知識”だ。


「ダンジョン内には宝箱が存在します」


「中身は装備やアイテムなど様々ですが、罠が仕掛けられている場合もあります」


「宝箱か……」


 一気にゲームっぽくなったけど、罠ありは怖い。


「宝箱の中身は自由に使用して構いません」


「もし不要なものがありましたら、冒険者ギルドが買い取りますので、持ち帰ってください」


「お金稼ぎにもなる、と」


「はい」


 少し安心した。


「次に、冒険者レベルの上昇条件です」


 水晶板に、新たな文字が浮かぶ。


「同レベルのダンジョンを三つ攻略するか」


「自分より高いレベルのダンジョンを一つ攻略すると、冒険者レベルが上がります」


「……え、それだけ?」


 思わず声が出た。


「はい。ただし、簡単ではありません」


 職員は苦笑する。


「ダンジョンの一番奥には、必ずボスが存在します」


「そのボスを討伐すると、魔石がドロップします」


「その魔石をギルドに提出することで、攻略の証明となります」


「魔石……」


「ダンジョンのレベルが高いほど、魔石は大きくなります」


「また、同じレベルのダンジョンでも、魔石の大きさには個体差があります」


「大きいほど……?」


「ダンジョン内の魔力が濃い、ということです」


 ……当たり外れ、あるんだ。


「同じダンジョンを三回攻略しても、レベルは上がりますか?」


「いいえ」


 きっぱりと否定された。


「ボスを倒したダンジョンには再び入ることはできますが、ボス部屋に入ろうとすると、強制的に地上へ転移させられます」


「……つまり、同じボスを何度も狩ることはできない?」


「はい」


 いわゆる“周回稼ぎ”対策か。


「普通の魔物からは、魔石はドロップしないのですか?」


「通常の魔物は討伐されると、ダンジョンに吸収され、魔力へと還元されます」


「人間も、ダンジョン内で死亡した場合、同様に吸収されます」


「……死体は、残らない?」


「はい」


 背中に、ひやりとしたものが走る。


「ボスも討伐されるとダンジョンに吸収されますが、その直後、ボスのいた場所に魔石が出現します」


「魔石を持った瞬間、転移魔法陣が起動し、地上へ戻されます」


「自動帰還……」


 便利だけど、どこか不自然だ。


 ここまで説明を聞いてきて、私はずっと胸の奥に引っかかっているものを感じていた。


 あまりにも――整いすぎている。


 成長の仕組み。

 魔物の配置。

 ボスの存在。

 魔石を渡して、強制的に帰還させる流れ。


 まるで、誰かが設計したみたいだ。


「……不思議ですね」


 気づけば、言葉が零れていた。


 女性職員は、少しだけ目を細めて、頷いた。


「はい。ダンジョンは非常に不思議な存在です」


「現在、冒険者ギルドでは――ダンジョンには“意志”があるのではないか、と考えています」


「……意志、ですか?」


 思わず聞き返す。


 ダンジョンに、意志。

 無機物にしか思えない存在が、自分で考えている?


「長くなりますが、よろしいですか?」


「はい」


 私は、杖を持つ手に力を込めた。

 ただのチュートリアルじゃない。

 この世界の根幹の話だ。


「まず、なぜダンジョンの最奥には、必ずボスが存在するのか」


 水晶板に、ダンジョンの断面図が浮かぶ。


「なぜ、ボスは倒しても復活するのか」


「そして――」


 職員は、一拍置いた。


「なぜ、ボスを倒すと魔石が出現し、それを持つと強制的に地上へ帰されるのか」


 確かに。

 そこまではっきり仕組みが決まっているのは、不自然だ。


「意志を持っていると仮定すれば、これらはすべて説明がつきます」


「例えば――ダンジョンは、何か“大切なもの”を守っている」


「その最奥に、侵入者が辿り着かないよう、ボスを配置している」


「……門番、みたいな?」


「はい。近い表現です」


 なるほど、と頷きながらも、背筋が寒くなる。


「そして、ボスを倒されてしまった場合」


「本来なら、最奥を探索されてしまうはずですが――」


「魔石を報酬として与え、即座に地上へ送り返す」


「『良いものをあげるから、ここから先には来るな』と、言っているようにも見えます」


「……確かに」


 言われてみれば、そうだ。


「実際、ボスを倒した後、魔石を持たずにボス部屋を探索しようとした冒険者もいました」


「しかし、一定時間が経過すると、魔石を持っていなくても強制的に転移させられています」


「成果は、何も得られませんでした」


「……徹底してる」


 まるで、意地でも奥を見せないみたいだ。


「では、なぜ宝箱が存在するのか」


「なぜ、強制転移が可能なのに、魔石という報酬をわざわざ用意するのか」


「なぜ、人間や魔物が死ぬと、ダンジョンに吸収されるのか」


 職員の声は淡々としているのに、

 話の内容は、どんどん不穏になっていく。


「そこで浮かび上がるのが、もう一つの仮説です」


「ダンジョンは、人間や魔物を吸収し、より強力な存在へ成長したいのではないか」


「……成長、ですか?」


「はい」


 水晶板に、魔力が集積していくイメージが映る。


「ダンジョン内の魔物は、ダンジョン内の魔力によって生み出されます」


「冒険者と戦い、倒されれば、その魔力は再びダンジョンに回収される」


「冒険者が死ねば、その存在ごと吸収される」


「つまり――」


 私は、言葉を失った。


「ダンジョンは、戦いそのものから魔力を回収している可能性があります」


「宝箱や魔石は、冒険者を呼び寄せるための“餌”」


「適度な強さの魔物を配置することで、挑戦者を減らさず、効率よく魔力を集める」


「……強くしすぎると、誰も来なくなる」


「弱すぎると、魔力が集まらない」


「はい。ですから、ダンジョン内の魔力濃度に応じた魔物が現れる」


「理にかなっています」


 ……あまりにも。


「では、なぜ一度ボスを倒した冒険者は、再びボス部屋に入れないのか」


「勝敗が分かっている相手と戦わせても、魔力を回収できないからです」


「魔石を無駄に生成するだけになります」


「だから、ダンジョンは“もう用はない”と判断し、転移させる」


 ぞっとするほど、合理的だ。


「ただ一つ、分からないことがあります」


 職員は、わずかに表情を曇らせた。


「なぜ、そこまでして守ろうとしている“最奥”に、何があるのか」


「推測では、ダンジョンのコアが存在すると考えられています」


「それを破壊すれば、ダンジョンは消滅するのではないか、と」


「……誰も、辿り着けていない?」


「はい」


「ですから、異邦人の方々に期待しています」


「もし、本当にダンジョンのコアがあって、そのコアを破壊し、ダンジョンを消滅することが出来たら、この世界がもっと平和な世界になるかもしれませんから」


 胸の奥が、わずかにざわついた。


「最後に、もう一つ重要な話があります」


 職員は、少しだけ声を落とした。


「ダンジョンは非常に危険な場所です」


「人が死んでも、証拠は残りません」


「その性質を、犯罪に利用する者も確かに存在します」


 私は、ゆっくりと頷いた。


「……それでも、なぜダンジョンを解放しているんですか?」


 沈黙の後、職員は答えた。


「かつて、神聖国に存在するレベル10のダンジョン――原初のダンジョンは、一般人立ち入り禁止でした」


「しかし、定期的な討伐が行われなくなった結果」


「ダンジョンから魔物が溢れ出し、街に甚大な被害がでました」


 重い言葉だった。


「その事件以降、分かったのです」


「ダンジョンは、定期的に内部の魔物を討伐しなければならない」


「封鎖すれば、より多くの犠牲が出る」


「世界中に存在する全てのダンジョンを管理するには――」


「一般人、そして異邦人の協力が不可欠です」


「……だから、危険でも、開放するしかない」


「はい」


「ですが、だからといって、ダンジョン内での犯罪が許されるわけではありません」


「発覚した場合、通常よりも重い刑罰が科されます」


「もし、犯罪行為を目撃した場合は、冒険者ギルドへ報告してください」


「わかりました」


「最後に、冒険者登録を行います。登録しますか?」


 私は、深く息を吐いた。


「お願いします」


 光が走り、視界に文字が浮かぶ。


 《冒険者登録が完了しました》

 《冒険者レベル:1》


「これで、あなたも正式な冒険者です。世界中のダンジョンを攻略し、レベル10の冒険者を目指してください!」


 胸の奥が、少しだけ熱くなる。


 ――ここからが、本当のスタートだ。


 私は杖を握り直し、冒険者ギルドのホールを見渡した。


 この世界で、私はどこまで行けるのだろうか。


 そうして、リンの冒険者としての第一歩が、静かに始まった。

面白いと感じましたら、ブクマ、評価、コメント等をよろしくお願いします。

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