27.平々凡々普通に月並みな中の中の上の政樹さん
「なんだよ」
「私」
岡田は冷や汗を垂らし、俺を見つめる。
一体何だと言うのだ。わざと神妙な顔をしている時の岡田とは違う。
本気の真面目な顔で、低い声で言う。
「政樹さんのスーパーパワーが目覚めるまで、助けないでおこうと思って。政樹さんが本当に追い詰められるまで、止めないでおこうと思って」
「だろうな」
「だから、私、確かに聞いたんです」
「何を」
「政樹さんの、骨が折れる音を」
すっと、俺の腕を指差す。
「骨が折れるまで、私は止めなかったんです」
「だから何だよ、お前がひどいってことしか伝わってこないぞ」
「なのに、なんで」
岡田はすっかり青褪めた顔で、俺に問い掛けた。
「政樹さんの腕、折れてないんですか?」
岡田の問い掛けに、俺は押し黙る。
岡田はさらに言葉を重ねた。
「普通、のたうち回るくらい痛いはずです。なのに、どうしてそんな平然としていられるんですか?」
「……それは」
俺は深く息を吸って、吐き出す。
やれやれだ。
「骨が折れてないからに決まってるだろ」
「でも、私、確かに……!」
「ああ、それ多分脱臼の音だな」
「へっ?」
「昔一回やってから癖になっちゃってるみたいで、すぐ外れるんだよ。その分すぐ嵌まるけど」
「え、いや、でもっ」
俺が肩を竦めて見せながら言うと、岡田はあからさまに動揺しだす。
真っ青だった顔色が元に戻り、冷や汗は変な汗へと変貌していった。
「ほかにも! 私、肋骨がばきぼき行く音も聞きましたもん!!」
「胸ポケットに入れてたボールペンがばきばきになった」
「はぁああ~!?」
学ランの中から粉砕されたボールペンを取り出して見せると、岡田は呆れ一〇〇パーセントで構成された奇声をあげた。
手品のネタばらしをしたら、こんな感じなのだろうか。
岡田はしばらく意味を持たない言葉を口に上していたが、青かった顔をすっかり赤くして叫ぶ。
「ほ、ほかにも、おかしいと思ってたことはいっぱいありますよ!?」
「例えば」
「宮崎さんが倒れたとき、手つかずにしていた頼まれごとが終わってたのは!? 政樹さんがやったんじゃないんですか!?」
「頼まれごと? ……いや、知らないけど。クラスの誰かが手伝ったんじゃないのか?」
「保健室! 前に保健室の窓から逃げてかれましたけど!! 保健室、二階ですよ!?」
「すぐ隣のベランダに降りて隠れてただけだけど……」
「さ、西條さんのバイト! 普通見ず知らずの人間が手伝ってたら、派遣元に怒られますよね!?」
「意外と緩いらしいぞ。ティッシュとか持って帰ったり捨てたりしてもバレないらしい」
「宝くじだって! 三千万分の一の確率が、たまたま当たるなんて!」
「当たったのは俺じゃないし」
「PTA総会の日! 私が生徒会室を出た時にはたくさん作業が残ってたのに、あんなタイミングよく現れるとか」
「悪かったな、地味な作業ばっかり得意で」
「こ、小嶋さんのお母さん!! あんなに息子を溺愛してそうな人が息子をボコボコにするなんて、誰かの差し金としか」
「溺愛してるからこそボコボコにするんじゃないのか? 愛だろ愛」
「政樹さんが普通じゃない人にばかり好かれるのも、政樹さん自身が普通じゃないからだとすれば説明がつきます!」
「人間、自分の持っていないところがある相手には興味を惹かれるんだろうな」
「ふっ、ふ、ふ、ふざけんなー!!」
ネタが出尽くしたのか、岡田は身体をぶるぶる震わせたかと思うと、叫び声を上げた。
「なんですか、なんなんですか、その下らない伏線は! しかもきっちり回収までして!! 何という無駄!! 政樹さんはもっと違うことに労力を割くべきです!!」
「お前にだけは言われたくない」
「政樹さんに期待した私が馬鹿でした!! 平々凡々普通に月並みな中の中の上の政樹さんごときに高望みしたのがいけなかったんですね!?」
「だからずっとそう言ってるだろ!!」
「政樹さんのくせに私に怒鳴らないでください!!」
「理不尽すぎる……」
がっくりと肩を落とした俺とは裏腹に、自棄になったのか元気になってきた岡田。
俺を置いてずんずん歩き出す。
街灯ひとつぶん歩き、その下で振り返る。
岡田の影が、長く伸びた。
「ほら、お茶でも奢ってください、政樹さん!!」
「お前な……」
ため息をついて、俺は苦笑いする。
あんなに落ち込んでいたかと思えば、あっという間にトップスピードだ。
今泣いた烏にもほどがある。
まったく、心配して損した。
俺は痛む身体に鞭打ってゆっくりと歩き出し、岡田の隣に並ぶ。
岡田は、俺が隣に来たのを確認すると、再び歩き出した。
きっとまだしばらくは、こうして二人で歩く日々が続くのだろう。
まぁ、いいか。
岡田が俺に飽きるまでの我慢だ。
どうせ生徒会長が代わればそちらに興味が移るだろう。期間はだいたい一年弱。
平均的に長い俺の人生の、僅か七十六分の一だ。
我慢してやれないことはないだろう。
次の街灯に差し掛かる。
薄暗い世界に、岡田の影が落ちた。




