26.政樹さんは、私の唯一の希望なんです
「ドウイウコトカナ、オカダサン」
「す、すみません……」
「そうですよね、謝ったくらいじゃ済みませんよ岡田さん」
ただ今の状況。
俺、腕組んで仁王立ち。
岡田、その前で正座。
例の三人組、ゴミ集積場のネットで簀巻き。警察には通報済み。
「政樹さんのスーパーパワー的なものを目覚めさせるには、もう荒療治しかないと……」
「その荒療治とやらでも全く目覚めなかったわけなんだけどな、岡田さん」
「あう」
岡田はいつかのように俺につむじを向ける。
今回のことでよく分かった。こいつのこれは、一見反省しているように見えても全く反省していない。
「……だいたいなぁ」
しょんぼりしきりという様子の岡田の後頭部に、俺はため息をつく。
その傍らから木刀を拾い上げた。
何のことはない、修学旅行生がこぞって京都奈良で買うような、ごくごく普通の木刀だ。
「お前、俺に何かさせる必要ないんじゃないのか? 自分がやればいいだろ。あんなに剣道強いんだから」
「……剣道なんかじゃ、ありません」
俺の言葉に、岡田は肩を小さく震わせながら答えた。
俯いたまま、顔を上げようとはしない。
「政樹さんは、」
「うん?」
「岡田以蔵がどんな人物か、ご存知ですか?」
「えーと……土佐の攘夷浪士、だっけか? 坂本龍馬ゆかりの」
「はい。……彼の、最期は」
「捕まって打ち首獄門、とか、何とか」
「はい」
岡田はこくんと頷き、ぼそぼそと続ける。
「直流の子孫はいなかったんですけど、彼のせいで一族は肩身の狭い思いをすることになります。そこで、当時の彼の親戚たちは思いました。『日本を守ろうとしただけなのに、そしてちょっと仲間を売っただけなのに、何故こんなに人斬りとか裏切り者とか言われるのだろうか。何故自分たちまで肩身の狭い思いをしなければならないのか。他の人斬りと比べても扱いが悪すぎる』」
「…………」
「そこで、私のご先祖に当たる一族は」
「…………」
「グレました」
「は?」
思わず聞き返したが、岡田はひどく真剣な口調で「グレました」と再度繰り返した。
「投げやりになって……山に篭りました。山賊のような生活をしました。その生活の中で生み出された岡田流の剣術はいつしか、いわゆる通常の剣の道を外れた方向へと変化を遂げていきます」
「…………」
「礼儀を重んじる剣道から、喧嘩殺法へと」
「処理しきれねぇよ!!」
悲鳴をあげた。
どこにどう文句を言ったものかわからない。もう文句のつけ所しかなかった。
「私は、その継承者なんです」
「じゃあ、尚更だろ。お前がヤンキーとか巨悪とかと戦えば万事解決じゃないか」
「継承者ですが、実はあまり強くありません。」
「その流派大丈夫か」
「私女の子ですし。さっきみたいな片田舎の木っ端ヤンキー相手が精一杯です」
片田舎の木っ端ヤンキーというあまりにあまりな言い草にちょっと気の毒になった。
いや、その木っ端ヤンキー相手でも、俺は十分命の危機を感じたんだが。
「具体的に言うと、柔剣道の全国大会出場者には負けます」
「夢のない強さだな」
「余裕です」
「何で自慢げなんだ」
「しかも剣道の型からは逸脱した喧嘩殺法なので、剣道界から追放されています」
「どん詰まりじゃないか」
「どん詰まりです」
岡田は何故か胸を張り、鼻高々に言う。
「だから、私は他人に頼るしかないのです!!」
「威張るな」
「あう」
ぴしゃりと言い放つと、岡田は呻いて俯く。
そして、「だって、奥義の名前ダサいし……」とか、とんちんかんな言い訳をする。
お前が俺に付けようとした名前と大差ないだろ。そんなところを一子相伝してどうする。
「なんで、うまく行かないんでしょう……」
「なんで、うまくいくと思ったんでしょうか」
「私は、私は」
ぽつりぽつりと呟きながら、岡田は肩を震わせる。
「私はただ少しだけ、たくさん出番が欲しいんです」
「出番?」
「私自身が主役にはなれないことは、もうこの十六年の人生で悟りました。私には何のスーパーパワーもない、ただの普通の、名もないその他大勢のうちの一人。路傍の石です。コンクリートにいる赤くて小さい虫のようなものです」
いや、そこまで言わなくても。
悟りというか自虐の境地に至ったらしく、岡田は朴訥と語る。
「だからせめて、主役のそばにいたいんです。一言でも多く台詞を言いたいんです。一時でも長くこの世界にいたいんです」
「…………」
「例えば、バトル漫画の解説役のように、推理小説の語り部のように、ギャルゲーのパラメータを教える友人のように。私が『世界』に、『物語』に関与するには、もうそれしかないんです」
岡田の声は震えている。
どうして神様は、こいつを「主役」にしてやらなかったんだろう。
端からこいつを「主役」にしてやっていれば、俺みたいなごく普通の人間が、巻き込まれることもなかったのに。
「政樹さん」
普段の元気な様子から一転して落ち込んでいる岡田。
その身体がひどく小さく、弱々しいものに見える。
生徒会長なんて、代わってやりたいくらいだった。こんなごく普通の生徒会長の椅子なんかでよければ、譲ってやりたい。
だが俺には、そんな権限すら、ない。
「私には、あなたしかいないんです」
「……俺は、何の取り柄もない、ごく普通の生徒会長だぞ」
「はい」
「それでもいいのか?」
「はい。政樹さんは、私の唯一の希望なんです」
そばにいさせて下さい、と。
消え入りそうな声で言う岡田。
どうやら、まだ俺の秘められた可能性とやらに期待してくれているらしい。
やれやれだ。
いつもうるさいやつが大人しいと調子が狂う。
静かなほうが良いはずなのに、かしましさに慣れてしまった俺には、岡田のいる日常に慣れてしまった俺にとっては、妙に物足りなくて、落ち着かない。
どうせ纏わりつくなら、陰気くさい顔をされるより、元気いっぱいにこにこてかてかしていてくれたほうがまだマシだ。
落ち込んでなお諦めの悪い岡田に――そしてそれ以上に懲りない自分自身に呆れ果てて、ため息をついた。
まぁ、岡田の企ては失敗していたらしいしな。
今回は助けてもらった恩もあるし、未遂として水に流そう。初犯の件は水には流さないが。
「ほら」
岡田に右手を差し延べる。
岡田は、まだ俺につむじを向けていた。
「道の真ん中で土下座とか、邪魔だろ。まるで俺が悪いことしてるみたいだし」
「政樹さんがやらせたんじゃないですか!」
ばっと顔をあげた岡田は、目の前に差し出された手の平を見て、そして俺の顔を見上げた。
「ほら」
繰り返すと、岡田は黙ったまま俺の手を借りて立ち上がる。
「どっか座れるところで警察待とうぜ」
そう言って、俺は歩き始める。
しかし。
「政樹さん」
岡田はその場に突っ立ったまま、動こうとしない。
そして、どこか思い詰めたような声で俺の名前を呼んだ。
「気になることが、あるんですが」




