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人物紹介(ネタバレにつき読後推奨)

[イザベル]


 子爵に育てられている十歳の少女。癖のない黒髪に翡翠の瞳。

 意地っ張りで、プライドが高い。早く大人になろうと、日々努力を重ねる。子供らしい振る舞いを嫌い甘えることをしないため、年相応の子供っぽい行動を目にした使用人は役得だと思っている。特に、あどけない笑みはレアもの。ただし、子爵がこれを見ることは滅多にない。

 体は子供から大人へと変化したが、子爵が大事に大事に育てているのでまだまだ子供として扱われる。

 物心つく前に実母とで市井に暮らしていた記憶がうっすらとあるが、物心ついた頃には子爵に引き取られ実母がいなくなっていた。自分が子爵の私生児であることも、誰かに改まって教えられたことはないが物心ついたときには知っていた。

 教会の教えが力を持っているため、私生児であるイザベルの存在は隠されている。存在が明るみに出ればどんな扱いを受けるか分からないので、教会の洗礼はおろか戸籍もない。

 時々出る乱暴な言葉遣いはおそらく母と暮らしていた時代の名残。


【小話】


(あら、この詩集。片付けてしまって、どこへ行ったか分からなくなっていたものよね?)

 イザベルはすでにサンルームを辞した執事が持ってきた本の中に、見覚えのあるタイトルを見つけて手に取った。

 ぺらぺらとページをめくり、前にも読んで内容がさっぱりと理解できなかった詩をもう一度読んでみる。

『ああ、その熱く燃える肌を心ゆくまで味わい、私の熱をあなたの中で……』

 最後まで目を通す前に、貼り付けた微笑みを浮かべる女中頭がイザベルの手から詩集を素早く取り上げた。

「執事が、女性の心得を知るために持って来たのよ?」

「イザベル様には少々早い内容なのです」

 微笑みのまま女中頭が答える。

「私はもう子供ではないわ」

「いいえ。イザベル様はこれから大人の女性へとなっていくのです。お身体の準備が始まったからと、一足飛びに大人となるのではありません。これから教える心得では、そのことを学びます。ですから、この詩集はイザベル様にはまだ早いのです」

 詩集を読むことに早い遅いがあるとは思えないのに、女中頭はきっぱりとイザベルにはまだ早いと言い切った。

 女中頭が侍女に詩集を片付けてくるよう指示する様子を見ながら、イザベルは決意する。

(すぐに読めるようになってみせるもの)

 数年後、今よりも大人に近づいたイザベルが書斎の隅で詩集と三度目の出会いを果たし、中身を読んで詩の内容と女中頭の言葉の意味を理解し、真っ赤な顔で詩集を閉じるのは、また別のお話。





[子爵]


 正式名は、アーサー・ジョセフ・アーチボルト・ケインズ。

 社交界での通り名はケインズ子爵。昔から使えてくれる使用人たちからはアーサー様と呼ばれる。ジョセフは祖父の名前から、アーチボルトは生家であるアーチボルト公爵家から。

 歳はそろそろ三十路だが、若々しく美しい独身貴族。社交界の花と謳われた絶世の美女である母の美貌を受け継いだキラキラしい金髪に、サファイアのような澄んだ青い瞳。

 夜会に引っ張りだこのマダムキラー。結婚は全く考えていないので綺麗に付き合える既婚者マダムとだけ夜の相手をする。夜会では子爵として、公爵家の子息として令嬢たちに礼を失しない態度を貫く。

 領地の分割相続は遺産の細分化を防ぐために望ましくないという風潮の中で、子爵位と領地を割譲されたのには父である公爵と子爵の間で繰り広げられた駆け引きが関係している。女性との華々しい噂にばかり注目が集まりがちだが、かなり頭が良くて有能な人間。公爵家という高貴な出自や外国語に堪能なこと、そのうえで対人関係を構築するスキルが異常に高いため外国使節の歓迎に一役買ったりする。

 イザベルの前では特に芝居がかったセリフや大仰な仕草をするが、それすら優雅かつ高貴な品と知性がある。夜会などでは自分の感情を抑え、相手や周囲の心をくすぐるような言動を心掛ける。

 我が子であるイザベルのことを誰よりも愛し、大切にしている。

 イザベルの母とどんな過去があってイザベルが生まれたのかは誰にも明かしていない。


【小話】


「嫌いと、言われた」

 自室に籠った子爵は落ち込んでいた。あれが年頃の娘の思春期というものだろうか。あの子が思春期なんて少し早すぎはしないだろうか、と。

「イザベル様をおからかいになるからです。ただでさえ、突然のお身体の変化に混乱していらっしゃるのに、おいたわしい……」

 サンルームから出ていった子爵を追いかけるように部屋へとやって来た執事が、子爵の言葉に意見を返す。

「父と呼んでもらえないし、素直に笑いかけてもくれない。近づくと不機嫌な顔をされることも多いから、寝顔を見たり、からかって赤くなる顔を見るしかないじゃないかっ」

 寝顔を勝手に見たり、何かしら反応を得ようとからかったりするのがダメなのだと執事は思ったが、口をつぐんだ。

(なぜアーサー様はイザベル様のこととなると、好きな子にちょっかいを出さずにはいられない幼い少年のようになってしまわれるのか)

 けれど、人並みに子育てに四苦八苦する子爵の姿は、まだ公爵子息であったころから子爵の世話係をしていた執事にとっては喜ばしいものだった。

(すべてのことに冷めた目をしていたアーサー様が、人間らしくなられて)

 感慨深さに思わず笑みが漏れそうになり、執事は顔を引き締める。

 そんな執事の様子に気付くことなく、子爵は困った顔でひとりごちる。

「どうしてそんなところばかりが似て……」

 執事も少しだけ知る人物のことを頭に思い描いているらしい子爵は、思い出に耽るためか目を閉じて静かになった。

 湧き上がる愛しさと寂しさの両方を受け入れて、穏やかな顔になった子爵は目を開けて微苦笑しながらぽつりと言葉をこぼす。

「だから、いっそう可愛いんだけどね」

 イザベルの中に子爵しか知らないあの人の面影を見つけるたび、切なくて、愛おしくなる。

 子爵のつぶやきに、執事はしっかりと口をつぐんで目線を落とす。

(昨日、ナタリーがイザベル様から愛らしい笑みを向けられたと自慢して来たこと、今は言わないでおきましょう)

 感傷に浸っていた子爵が午前のティータイムをイザベルと共にすると言って、これから数日はこの屋敷で過ごすための工作を始める。

 いくつもの手紙を美しく力強い筆致でしたためて、すぐに届けるように指示された。ついでとばかりに、外国語で文章を書き始めた子爵を置いて、執事は与えられた仕事を遂行する為に部屋を出る。

 与えられた仕事を全うし他の雑務を終えて子爵の部屋に戻った執事は、十時のティータイムだと書き物を終えて立ち上がった子爵に、何気なく言った。

「そういえば昨日、ナタリーがそれはそれは可愛らしい笑みをイザベル様から向けられて、お願い事をされたのだと言っておりました」

 悪気はなかった。けれど、わざとではあった。

 我が子のことになると途端に人間味が増す子爵に、執事は敬愛と微笑みをもって付き従うのである。

 




 

イザベルと子爵に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

この作品を楽しんでいただけたなら、作者にとって望外の喜びです。




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