第九場・裏「配役」(ルイ視点)
方舟塔の窓からは、新東京のすべてが見える。
塔を中心に、第一環・第二環と円状に街が広がる。中心から外へ、幾重にも広がる光の輪。夜になっても、この都市は眠らない。
塔のAI――ノアが、すべてを管理し、すべてを正しく照らし続ける。
僕は、この景色が好きだ。
窓から入る明かりに手をかざす。指の隙間から光があふれて、手のひらの上で小さな光の粒となった。
光と熱。
それが、僕の力だ。
アーク保安局、第二部隊隊長。日向ルイ。十九歳。
それが、僕の役目だ。
境界壁の向こうは、果てしない闇が広がっている。
環外。ノアの光が届かない、秩序の外の世界。
「ルイ、筆頭隊長からの緊急招集よ」
静寂を破る声。
僕が振り返ると、第二部隊副隊長の氷川奏が扉の前に立っていた。
背中まで届く黒い長い髪、白い制服に青の差し色。眼鏡の奥にある青みがかった黒い目が、僕を見つめていた。
「こんな時間にか」
「緊急招集だもの、仕方ないわ」
僕は鏡の前で制服を整える。
「モモも呼ばれているわ。あの子、また制服を裏返して着ていたのよ。今月三回目」
奏は昔から変わらない。一言多いが、面倒見は良い。
僕は身支度を終えて、筆頭隊長室へ向かった。
*
部屋に入ると、白髪まじりの男性が机に座っていた。
年齢を感じさせない、がっしりとした体つき。筆頭隊長兼第一部隊隊長の不破鉄心。
父の相棒だった人だ。十一年前、任務で父を亡くした八歳の僕を引き取り、鍛え、この場所まで導いてくれた。
「きたか」
鉄心隊長がゆっくりと立ち上がる。
その時、後ろから、ドタドタと足音が聞こえてきた。
「失礼しまーす!第二部隊、モモ、到着しましたっ!」
桃色のツインテールの小柄な少女。制服は裏返ってはないが、ひどく乱れていた。
奏が、小さくため息をつく。
モモは、半年前にやってきた。十六歳、三等級。
新人ながら、いくつもの手柄をあげて第二部隊に配属された。上に行くことしか考えていない、と本人は言う。
「始めるぞ」
鉄心隊長は短く要点を告げると、作戦会議用の画面に触る。
環外の地図と、一通の報告書が映し出された。
「今日の日没、第四部隊の作戦でロボット六体が全壊、隊員十一名が負傷した」
「あちゃー、ひどいね」
モモがつぶやく。
「獅堂は『老朽化による誤作動』と報告している」
鉄心隊長の声は、平らだった。だが画面には、別の数字が並んでいた。
ロボットたちが壊れる直前に記録した、周囲の能力波の値。それは、獅堂の波だった。
「ノアに嘘は通用しないのに」
奏が再びため息をついた。
「獅堂の処分は自分がつける。が、問題はそこじゃない」
鉄心隊長は続ける。
「数日前、第四部隊の班長が錯乱して戻った。本人からは、まともな証言が取れん。ただ、部下の報告では――」
一拍。
「能力波を出さない少年にやられたそうだ」
僕は息を飲んだ。
「ありえません……能力波を出さずに、三等級を退ける。そんなことが出来る人間はいません」
「そうだ。ありえん」
鉄心隊長はうなずいた。
「だが、他にもありえないことが二つ。数日前の現場と、今日の獅堂の現場。二つの現場で同じ形の三秒の波を観測。また、今日の現場には、それとは別の形の波を観測した」
画面には、観測した波形が映っている。
そして、また、一拍。
「どちらも、登録されたどの能力者とも一致しないことが判明した」
部屋が静まりかえった。
この都市の人間は十五歳になると能力を授かる。そして、その能力は全て記録される。ノアが把握していない能力などありえない。
無能力の少年に、ノアが知らない二つの波。
あるはずのないものが、三つ……
「異常は一人だけではない、ということね」
奏の言葉に、鉄心隊長がうなずく。
「ああ、環外で何かが起きている」
*
部屋に帰ると、任務用の画面に指令が届いていた。
〈環外事件の調査:本件担当を第四部隊から第二部隊へ変更。第二部隊隊長の日向ルイを責任者とする〉
ノアはいつも正しい。この街の人々の生活を支え、秩序を守ってきた。
そのノアが僕を指名した。
僕は、境界壁の向こう側に果てしなく広がる暗闇を見つめた。
あの闇のどこかに、人々の平穏をおびやかす者たちがいる。
――灯せ。
手のひらに、光が灯った。
「闇に潜むものは、僕が光の下へ引きずり出す」
これで第一幕は完です。
明日から、第二幕となります。
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