第一場「仮小屋」
どこまでも続く暗闇。
先の見えない道。
手を伸ばしても、何も掴めない。
それでも、俺たちは先へ進むしかない。
通気口から逃げ込んだ線路を東へ三十分ほど進むと、微かな灯りが見えてきた。
古い駅のホームで裸電球が、ちらついている。タイルは剥がれ、駅名の看板も読めない。
俺たちはホームの階段を上がり、詰所へ入った。
綺麗な場所とは言い難いが、奥には宿直室もある。電気も非常用の電源が一部、作動していた。
しばらく身を隠すにはうってつけの場所だ。
「汚えな、ホコリだらけだ」
「掃除すればいいだけでしょ」
ハクが机のホコリを指ですくう。トバリはランタンの芯を切りそろえながら言い返した。
奥の宿直室のベッドに音羽を寝かす。
音羽には無理をさせた。ヘッドホンを外して機械の声を聞かせすぎた。熱が、上がっている。
「迷惑かけて、ごめんね……」
「迷惑なんかじゃない」
俺がかけた毛布を持つ音羽の手は震えている。
「ここ、静かだね。機械の声も聞こえない」
地上はドローンが飛び回っている。だがここまでは、その音は届かない。
「ちょっと、ほっとしてるの。でも……みんなの役には立てないみたい」
音羽は天井を見つめながら、静かに言った。
「熱が下がるまでは、何も聞かなくていい」
音羽の額を撫でる。汗ばんだその額は、とても熱い。
瞳をそっと閉じる音羽を見守りながら、俺は決意を固めていた。
マヤの前に立ったあの日から、歯車は動き出した。既に俺たちは、後戻りが出来ない場所まで来てしまった。
駅舎や市場のみんなには迷惑をかけられない。だからもう、駅舎には戻らない。
音羽、ハク、トバリは、俺がこの力で必ず守ってみせる。
*
地下には、昼も夜もない。
源爺にもらった古い腕時計だけが、時を刻んでいる。その時計が、昼過ぎを告げた。
音羽を宿直室に残し、俺たちはホームに降りた。周囲を確認するためだ。
こつ、こつ……とトンネルの奥から、足音が聞こえる。
ハクはホームの柱の影に潜み、トバリはランタンの灯りをマントで覆う。
俺は息を潜めてトンネルの奥を見つめた。
「差し入れじゃ。探すのに苦労したわい」
暗闇の中から現れたのは、源爺だった。
「食料と熱冷ましの薬を持ってきてやったぞ」
大きな荷物を背負い、古いカンテラをぶら下げている。
源爺によると、ここから少し南に行った古い地下鉄の入り口からトンネルを通って来られるらしい。
俺たちは源爺と一緒に詰所へ戻り、辺りの様子を聞いた。
「街の包囲は昨日の夜のうちに解かれた。隊員もロボットの残骸も、まとめて引き上げられて行ったわい」
そう言うと、源爺はコップの水を飲み干す。
「じゃあ、しばらくは安心だな」
「あんたは、いつもそうやって調子に乗るんだから」
少しでも空気を和ませようと強がるハク。
トバリが注意すると、源爺がうなずく。
「トバリの言う通りじゃ」
「都市から、白い制服の部隊が来るそうじゃ。安心は出来んぞ」
「白い制服?」
俺は今まで、黒い制服しか見たことがない。
「そうじゃ。やつらは、普段は都市の中枢を警護している。保安局の花形じゃな」
源爺の言葉に、俺たちはうつむいた。
「三日に一度、食料と薬を運ぶ。しばらくは、大人しく身を隠しておったほうがええ」
源爺はそう言い残すと、駅舎へ戻って行った。
白い制服の部隊。都市の中枢……環外の俺たちをいたぶって遊んでいるキリヤの部隊とは、次元が違う。
俺たちを本気で潰しにきている。そう思った。
*
次の日は、何事もなく始まった。
音羽は相変わらず熱が下がらず、宿直室で休んでいる。
俺たちは、詰所で源爺が持ってきた食料と薬を整理していた。
「しっかし、やることねーな」
ハクは暇そうにあくびをしている。
「いいから黙って手を動かしなさいよね」
いつものようにトバリがハクを注意したその時、天井から鈍い音が響いた。
どすん。
少し間をおいて、また、どすん。と音がする。
一定の間隔で、何かを地面に打ちこむ音。
タイルが剥がれた天井から、ほこりがぱらぱらと落ちてきた。
宿直室のドアが開いた。
毛布を巻いた音羽が苦しそうに出てくる。
「知らない子たちの声が聞こえる」
「……地面の下を、じっと聞いているみたい」
ヘッドホンの上から耳を押さえても聞こえてしまう声に、顔が歪んでいる。
「みんな、声を出すなよ……」
俺は倒れそうになる音羽を抱えながら、低い声でそう伝えた。
しばらくすると、音は少しずつ遠ざかって行った。
誰も、口をきかなかった。
俺は、薄汚れた詰所の天井を見上げた。
都市の中枢部隊は、すぐそこまで迫ってきている気がした。
本日から第二幕の開幕です。
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