第八場「奈落」
話し合いは、夜更けまで続いた。
「音羽、敵の包囲がどうなってるか分かるか?」
俺が聞くと、音羽はヘッドホンを少しだけ外して集中する。
「ん……ロボットは、東の空き地だけ。隊長は、そこにはいないみたい」
つまりキリヤは、東の空き地以外にいる。
西と南の街の出口は、人が一人通れるかどうかの細い路地が多い。恐らく、人海戦術で隊員が包囲しているのだろう。
北は、境界壁がそびえ立っている。
「勝たないで、市場を守る。そんなこと、ほんとに出来るのかよ?」
ハクはずっと、そのことが気になっているようだ。
「ああ、可能だ。昨日、あいつを見て確信した。あいつは、プライドが高い」
「プライドが高いから、なんなんだよ?」
「プライドが高い人間は、俺たちのようなねずみをバカにする。そして、もし、バカにしたねずみに、まんまと目の前で逃げられたら……?」
トバリは合点がいった様子で、うなずいた。
「市場なんて無視して、地の果てまで追ってきそうね」
「あ?なんでだ?」
首をかしげるハク。
「アンタには分からなくていいわよ」
「なんだと!」
「落ち着け」
相変わらず、トバリは何かとハクに突っかかる。その間を取り持つのは、いつも俺の役目だ。
「でも……どうやって逃げるの?」
音羽がまだ熱っぽい声で言う。
「地下に逃げ込む」
「じゃが、この駅舎の地下の入り口は崩落して使えんぞ。他の入り口は全部、街の外じゃ」
源爺は、マヤの事件をきっかけにこうなることを見越していたようだ。この前とは打って変わって冷静だった。
源爺が言うことは正しい。
俺は古い地図を広げた。地図にある地下鉄の入り口は、駅舎のものだけだった。だが、線路の上に通気口の印がある。人の出入り口とは数えられていない。
その一つが、ある場所にあった。
「ハク、明日、合図をしたら通気口の蓋を開けてくれ」
「あ?どこのだよ?それに、俺一人じゃ無理だぜ」
「明日になれば分かる」
俺はそうはぐらかし、トバリへ目線を向ける。
「トバリ、いざという時は、頼む」
トバリは拳を握りしめて言う。
「あたしがみんなを守るよ」
「それから、音羽。地下では、音羽の耳が頼りになる。だけど、明日は危険だ。俺が合図をするまで、ここで隠れていてくれ」
俺は、地図のある場所を指さす。
音羽は鏡のようにすんだ双眸で俺を見つめ、うなずいた。
*
翌日の日没前、俺たちは市場の広場に集合していた。
俺は高架上に立ち、大声で叫ぶ。
「保安局の皆さま、ご機嫌はいかがでしょうか?昨日は、赤毛のサルがこの場所で喚いていたようですが、俺は逃げも隠れもしません」
すぐに市場はざわめき立った。保安局の隊員が俺を指さし、慌てて誰かに連絡を取る仕草が見て取れた。
プライドの高いキリヤのことだ。『俺様が向かうまで手を出すな』とでも言っているのだろう。
すぐに多くの隊員たちが、広場に集まってきた。
「おいおい、大丈夫かよ」
ハクが慌てふためく。
「みんなは先にあの場所へ向かってくれ。後で追いかける」
ハクとトバリは俺を心配しながらも、事前に示し合わせた通りあの場所へ向かった。
すると、五分もしない内に、獅堂キリヤが広場に姿を現した。昨日とは違い、今度は俺が見下ろす形だ。
「おめえがマヤを泣かせた野郎か?なんだぁ、ガキじゃねえか」
キリヤは白い歯を見せ笑った。
俺は、キリヤを挑発する。
「なるほど、お前が噂の赤毛のサルか。サルはサルらしく、山へ帰ったらどうだ?」
「……どうやら死にたいらしいな。お望み通り、ぶっ壊してやるってことだろーが」
キリヤが地面を蹴った。砂埃が舞う。
一瞬で高架下まで距離をつめていた。
俺は急いで踵を返し、高架上の道をそのまま走り出した。それを見上げたキリヤが言う。
「あ~?逃げんのかよ。面白れえ、鬼ごっこだ」
俺は、あらかじめ仕込んでいたバリケードを通り抜け、夢中で走る。
キリヤは、バリケードなどなかったかのようにもの凄い速度で追いかけてきた。高低差がなければ、あっという間に追いつかれていただろう。
キリヤが手を伸ばせば俺に届くという距離になった時、なんとか俺は東の空き地に着くことが出来た。
東の空き地には、大きな巡回ロボットが六台設置されていた。
キリヤの手が俺にかかる直前、俺はロボットの列に突っ込んだ。
「隊長、そっちは!」
隊員が言った。
だが、もう遅い。
キリヤが近づくと、六台のロボットが一斉に狂い始めた。
一台は倒れ、一台は手を大きく回し近くの隊員を吹き飛ばす。一台はあさっての方向に急発進し、壁に激突した。
強すぎる力は機械を狂わす。辺りは混乱の渦に巻き込まれた。
「ふざけやがって!」
キリヤはそう言うと、襲いかかるロボットをなぎ倒す。
俺は、ターゲットを探す。
――解析する。
【身体強化型】
「あいつを写せ、ハク!」
近くに潜んでいたハクは納得した顔で、身体強化型隊員の後ろに回る。
「三秒、借りるぜ」
ハクはその力を写し、通気口の鉄の蓋を引きはがした。
「今だ!飛び込め!」
俺は、同じく潜んでいた音羽、トバリに向かって叫ぶ。
俺たちは通気口に飛び込んだ。トバリは最後に残って穴の縁で振り返る。
後ろでロボットを引きはがしたキリヤがぎりっと睨んでいた。
「逃がさねえ……」
キリヤは金属の籠手を着けた右手を、天に向かって高く振り上げた。
そして勢いよく足元のコンクリートへ振り下ろす。
「砕けろ!」
キリヤが拳を叩きつけた場所から、コンクリートが波打ち衝撃波が押し寄せる。
トバリが立ちふさがる。
「幕、下ろすよ」
光の壁が緞帳のように下りる。
衝撃波の勢いで通気口の入り口が崩れた。後に残ったのは、コンクリートの残骸だった。
「間違えなかった」
そうニコリと笑うとトバリはこちらを振り返った。
一本に編まれた紺の髪が揺れる。
崩れた壁の向こうから、キリヤの声がする。その声は、怒りで震えていた。
「てめえの顔は覚えた。どこに逃げても無駄だ。覚悟しておけ……」
地下への道は、真っ暗な闇に包まれていた。
まるで奈落の入り口かのように。




