第七場「看板役者」
今日は、18時と19時に2話掲載します。
次の日の朝、音羽は熱を出した。
昨晩、ヘッドホンを外して機械の声を聞きすぎたのだ。そのため、俺は音羽を置いて市場へ向かった。
その後ろを、深紅のマントを羽織った少女がついてくる。一本に編まれた紺の長い髪が、歩くたびにゆれる。年長組の一人、トバリだ。
「朔にぃ、歩くの早いよ」
俺が振り返ると、トバリの紫の瞳と目が合った。
「駅舎に戻るんだ。今、市場は危険だ」
「今日は絶対についてく!音ねぇが行けないんだよ。朔にぃを一人にはしておけない」
「……分かった。危険を感じたら、隠れていろよ」
俺はため息をつき、歩き始めた。
トバリはブツクサと悪口をこぼしながら、俺の後ろをついてくる。
ハクは頼りない。あたしがいた方が朔にぃは安全だった、と。
五年前、キバが保安局に連れ去られたあの日から、トバリは俺の側に居たがる。「朔にぃまでいなくなる」と不安がり、俺を見張るように離れなくなった。
そんな思いが原因かどうか分からないが、いつしかトバリにも不思議な力が使えるようになっていた。
どんな攻撃でも、一度だけ完全に防ぐ壁を張れる。ただし一度使えば、丸一日は使えない。だからトバリは、その一度を、いつも大事にしまっている。
*
市場で部品屋の親父といつものやり取りを済ませると、空には暗雲が立ちこめていた。
入り口広場付近に差しかかった時、異変は起きた。
市場の明かりが、一斉に消えた。
屋台のラジオが、耳障りな砂嵐のような音を鳴らしている。空を旋回していたドローンは、弾かれたように高度を上げ、一目散に離れていく。
とても強い力……嵐のようなノイズだ。
「よう、捨て地の野郎ども」
高架の上に、逆立った赤い髪の男が仁王立ちしていた。
その後ろには、黒い制服の隊員が何人も並んでいる。その中に、数日前、俺を追跡してきたマスクの男も立っていた。
赤髪の男は深紅の目をカッと見開くと、準備運動のように右腕をグルっと回す。その腕には、重そうな金属の籠手。制服の左胸には、一等級を示す金の徽章が光っていた。
マヤの胸にも徽章はあったが、銅の徽章だった。金の徽章は、マヤよりも遥かに位が高いことを示している。環外の子どもでも、それくらいは知っている。
市場全体が、息を止めていた。
「俺様は、アーク保安局第四部隊の隊長、獅堂キリヤだ。つまり隊の中で一番偉いってことだろーが」
キリヤが高架から飛び降りると、その衝撃で地面がゆれ土煙があがった。
キリヤは広場を見渡し、高らかに叫ぶ。
「数日前、うちの隊の班長が世話になったな。あいつはちいと変わった野郎だが、それでも俺様の部下だ。だが、捨て地の無能力のガキに泣かされた。――部下が無様にやられたってことは、俺様の顔に泥をぬられたってことだろーが」
キリヤは、高架の柱にそっと手を置いた。
「……砕けろ」
キリヤが呟くと、柱が内側から粉々に弾けた。
【振動破壊】
やつの能力だ。あんなものが人間に向けられたら。ふと、そう想像し、背筋が凍った。
「いるんだろ、この中に……マヤを泣かせたガキが。こうなりたくなければ、抵抗するんじゃねぇ」
市場の人々は、粉々になった柱の残骸を、顔をひきつらせて見ている。
「俺様の隊の犬にガキの匂いをたどらせたが、雨で顔は見えなかったとぬかしやがった。つまり、まだガキがどいつか分からねえってことだろーが」
嘘だ。
黒いマスクの男は、あの時、確実に俺の顔を捉えていた。なぜキリヤに報告していないのか、俺は理解に苦しんだ。
「いいか、耳の穴かっぽじってよく聞け」
キリヤは再び広場をグルリと見渡し言った。
「明日の日没までにガキを差し出せ。出てこなければ、俺様のこの手で、この街全てを粉々にしてやる。逃げようなんて考えるなよ。この街一帯は俺様の部下が包囲した。ねずみ一匹逃げ場はねえってことだろーが」
周りの大人の視線が俺に集まる。憐れみと非難が入り混じった目だった。
俺が出ていかなければ、市場のみんなに迷惑がかかる。五年前のキバの時と同じ過ちは、繰り返してはならない……
その時、トバリが深紅のマントを広げて俺を周囲の人目から隠した。
「今はおとなしく帰るよ。ここで出ていったら許さない」
有無を言わさないトバリの迫力を前に、俺は抵抗する術を持ち合わせていなかった。
*
駅務室では、作戦会議が行われていた。
一部始終を聞いた源爺は両目をつむった。そして、ゆっくりとこちらを見つめ聞いた。
「どうするつもりじゃ」
「捕まりにいくつもりはない。だが、隠れてやり過ごしもしない。五年前と同じ過ちは、二度と繰り返さない」
決意の目を宿した俺は、立ち上がりそう答えた。
「朔、勝てると思ってるのか?一等級は別格だ。マヤみたいな小物とは違うぜ?」
ハクは貧乏ゆすりを隠せない。
「あんたの単細胞な頭ではそうでしょうね」
「なんだと!」
喧嘩になりかけるトバリとハクを手で制して、俺は告げる。
「勝ちにいくつもりもない」
「ワケが分からねえ」
混乱するハクとは打って変わって、トバリはめずらしく落ち着いて俺を観察していた。
俺に、何か考えがあると気づいたのだろう。
静かに、だが透きとおるその声は、駅務室に響き渡った。
「あたしの盾、使いなよ」
「一回しか守れない。だから、間違えない」
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