第六場「天井桟敷」
今日は18時、19時に2話掲載します。
夕方から降り出した雨は、気づくとやんでいた。
俺は駅舎の屋根に上がり、頭の中を整理しようと、これまでの出来事を思い起こしていた。
ガタン。
音羽がはしごを登ってきて、隣に座った。
「こんな夜更けにどうしたの?風邪ひくよ」
「ありがとう」
音羽が俺の肩に毛布をかける。
俺は、境界壁の向こうの、煌々と光る新東京を眺めながら呟く。
「ここはまるで、天井桟敷だな」
「てんじょうさじき?」
「幼い頃、母に聞いたんだ。昔の劇場の一番安く遠い席」
あの方舟塔が舞台の中心で、俺たちは遠いここから眺めることしか出来ない。
「朔のお母さんって、どんな人だったの?」
「優しい人だった……気がする」
母の記憶はほとんどない。白い天井、俺を撫でる優しい手、いくつかの言葉……
「朔は新月。星がいちばんよく見える夜」
「えっ?どういうこと?」
俺の脈絡のない呟きに、音羽が髪をかき上げながら聞いた。
「母の言葉だ。俺の名前の由来」
「いい名前だね」
音羽は微笑んだ。
*
夜が更け、風が出てきた。
俺は、肩の毛布を掴んで音羽の膝にかけた。
「モモも……あそこにいるのかな」
境界壁の向こうを指さし音羽が言った。
モモは、一年前に保安局に連れて行かれた幼なじみだ。俺たちとは違い市場に住んでいた。
不思議な声を持っており、特に音羽とは仲が良かった。
「わたしたちって、なんなんだろう」
モモを思い出し、感傷的になった音羽が言った。
「ハクもトバリもわたしも、みんな中途半端。変な力を持ってるけど、誰も助けられない」
その言葉の最後に『出来損ない』と呟いた気がした。
「音羽……」
「なに?」
「俺も……俺にも、見えるんだ」
音羽が不思議そうに俺を見る。
「源爺に言われて、みんなにもずっと隠してきたけど、俺にも変な力がある」
―――。
「……なんとなく、だけど。そうなんじゃないかな。とは思ってた」
俺はうつむく。
「朔、教えてくれてありがとう」
音羽の青みがかった灰色の髪が、星の光で煌めいていた。
「俺は……この力で、みんなを守りたい」
吹いていた風はやんでいた。
飛び回るドローンの音も今はしない。静かな夜だった。
「朔が、秘密を教えてくれたから、わたしも一つ教える」
そう言うと、音羽はヘッドホンを外した。
「外して大丈夫なのか?」
「ちょっとだけなら……こういう静かな夜にね、あの塔のほうから、声が聞こえることがあるの」
「機械の声?」
「たぶん。でも、普通の機械の声とは違う」
音羽は方舟塔を真っ直ぐに見つめながら言う。
「……泣いてるみたいな声。すごく遠くで、すごく小さくて、何を言ってるのかは分からない。でも、誰かの助けを求めているような」
「助けを求める声……」
「変だよね?」
「……変とは、思わないよ」
今度は音羽が、膝の毛布を半分、俺にかけた。
まぶしく輝く新東京では、方舟塔が絶え間なく街を照らしている。
環外では、雲の切れ間から星がのぞいていた。
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