第五場「客席の影」
目を覚ますと、見慣れた天井があった。
見覚えのある汚れと剥がれたタイル。俺たちの家、旧駅舎のいつもの部屋だ。
「朔、ようやく起きた。大丈夫?」
音羽が心配そうに俺の顔を覗き込む。
「ああ、大丈夫だ」
俺がそう答えると、部屋のドアが開いた。
白髪の少年とバツが悪そうな少女が入ってくる。
「よお!主役さん。お加減はいかがで?」
「サクにぃ……」
ハクは茶化してはいるが、その目は心配そうだ。
ナナは……自責の念にかられているのだろう。うつむき加減に俺のことを見ていた。
「もう、大丈夫だ」
俺がナナの頭を撫で笑ってそう言うと、ナナの目は涙で潤んでいた。
「そういえば、ハク」
「ん?」
「お前、マヤに何を見せたんだ?」
地面に倒れ伏したマヤを思い出しながら聞いた。
「知らねえよ。俺はただ『黙らせてぇ』って思って力を使っただけだ。あいつが何を見てああなったかは、俺が聞きてえよ」
「……そうだったな」
ハクの力はそういうものだ。
何をしたいか、は力に乗せられるが、どうしたいか、は乗せられない。
その時、ふと、目の奥がズキズキと痛んだ。
俺は、一度に力を使いすぎたのだ。
鼻を拭うと、赤い血が手にこびりついていた。
*
しばらくすると、源爺が帰ってきた。
源爺は部屋に入るなり言った。
「音羽、ハク、ナナ、ちょっと市場で電池を買ってきてくれんか」
「えー、今ちょっといいところ」
編み物をしていたナナの頬がふくれた。
それを、源爺が目で制す。
「音羽、ナナ。行くぞ」
ただ事ではないと勘づいたんだろう。ハクが二人を連れて出ていった。
三人が去ると、源爺は俺の胸ぐらを掴んで言った。
「この、馬鹿もんが!あれほど、その目は使うなと言ったじゃろ」
源爺は震えていた。
俺には分かる。
これは怒りではない。何かに怯えた震えだ。
「ナナが……」
「分かっとる!市場のみながその話をしとったわ」
言い訳をしようとした俺の言葉を、源爺が遮った。
いつもは温厚な源爺が、冷静さを欠いている。
源爺は何かを隠している。
「……ずっと気になっていた。俺の能力は他と違って波がでない」
俺は、怯える源爺の目を、深い井戸の底を探るように見つめた。
「俺は……俺の目は一体なんなんだ?」
―――。
「時が来れば分かる……」
源爺はそれだけ言い残し、静かに部屋を出ていった。
*
数日後、街の雰囲気は一変していた。
飛び回るドローンの数は倍となり、見回りの保安局隊員が増えた。
だが俺は波を出さない。
俺は、見つかることはない。
そのはずだった。
市場で買い物を済ませた俺は駅舎へ向かっていた。
その道の途中、ふと寒気がした。
高架の上から、じっとりとした視線が俺に伸びていた。
黒い制服、くすんだ茶色の短髪。口には黒いマスクをした男。琥珀色の目が、こちらを真っ直ぐに見つめている。
気のせいだと思った。見つかるはずがない。
だが嫌な予感がした。
俺は市場に戻り、通りの人混みにまぎれた。
そして、俺だけが知っている抜け道を通り市場の裏口から帰ることにした。
しかし、男はついてきていた。
なぜだ?
どうやったって、目では追えなかったはずだ。
目で追えないのなら……
――鼻か。
俺は、機械の墓場へ向かった。
腕がもがれた給油機の下のすき間を通り、瓦礫の山の反対側へ抜ける。
そして、一つ先の瓦礫の山の上から、さっき通り過ぎたすき間付近をこっそりと見下ろした。
男は、猫背になり、首を傾げながら辺りを探している。
――解析する。
【嗅覚強化】
男はやはり匂いで追っていた。だが、あの辺りはこぼれた油であふれている。
これ以上、俺を追うことは出来ないだろう。
ポツリ、ポツリ。
雨が降り出した。
琥珀色の目線が、小さな棘のように心に刺さり続けている。
俺はあの日、舞台に上がってしまった。これからも誰かに追われ続けるだろう。
客席の暗がりの中から、誰かが俺を見ている気がした。
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