第四場「幕切れ」
いつからだろう。
人の口調、仕草を観察するのが癖になっていた。
何がしたいのか、何をされたら嫌なのかを考えるようになっていた。
人の行動には、必ず何かしらの理由がある。行動の裏にある理由が分かれば、どう対処すべきかが浮かび上がってくる。
そしてそれは、マヤも同じだ。
あいつは何度も大声を出し、大げさな仕草をし、注目を集めたがっていた。
そして決まって注目を集めた後に、幻覚の能力を使っていた。
なぜだ。
考えろ……
――目だ。
俺の脳裏には、幻覚をかけられる直前、蛇のような目で睨まれた記憶がフラッシュバックしていた。
「音羽!火は見えるか?」
あの直前、視界の端で音羽がうずくまっているのが見えた。音羽は、マヤの目を見ていないはずだ。
「火?なんのこと?」
「最初にマヤが現れた時に、火が上がっただろう!その火は、今、見えるか!?」
「火なんてどこにもない!機械も怖がってない!朔だけが、何もないところで転がってる!」
俺だけが……その情報で十分だった。
勝つための道筋は見えた。
俺はそっと目を閉じた。幻は音まで騙さないことは、とっくに気づいていた。
隊員の足音に耳を澄ます。隊員が追撃のために近づいてきた。
あと三歩。
二歩。
一歩。
隊員のこぶしが俺にぶつかる直前、俺は身をひるがえした。
勢いのついた人間は急には止まれない。特に、身体強化で速度を増した人間は。
隊員は屋台の柱に突っ込んだ。ゴゴっという音がして柱が崩れた。隊員は崩落に巻き込まれる。
「何を遊んでいるのです。これだから端役は……」
ため息をつくマヤに、俺は告げる。
「お前のからくりは、全て見切った」
「わたくしのからくり?何をおかしなことを言ってるのです?」
マヤは鼻で笑う。
「お前は……相手の目を見ないと、幻をかけることが出来ない」
俺は続ける。
「最初に大声を出したのも、その派手なリアクションも、全部注目を集めるためだろ?」
その瞬間、マヤから、今までの芝居がかった態度が消えた。
「捨て地のガキが……あまり調子に乗るなよ」
初めて怒りをあらわにし、他の隊員に指示を出そうとしたその時、マヤの背後に白い影が走った。
「俺が何の意味もなく、お前と言葉遊びを続けていたと思うか?チェックメイトだ」
俺がその言葉を発するのと、ほぼ同時にハクがマヤの手首を掴んでいた。
ハクの手の黒い手袋は、外れていた。
「三秒、借りるぜ」
ハクは、触れた相手の能力を三秒だけ写す力を持っている。マヤが驚いて振り返った瞬間、ハクはその力をマヤへ使った。
一秒。
二秒。
三秒。
マヤは幻を見た。
満員の客席からポツリ、ポツリと人がいなくなる。
「ま、待ってくれ!」
マヤが叫ぶ。
客席は、空となった。
「まだだ!まだやれる!」
――幕が、下りる。
「あ……ああ、あああああ――!」
マヤが、喉を裂くような声を上げた。
いつの間にか、俺の目に映っていた炎は消えていた。残ったのは、縮こまり震える、情けない男だけだった。
「聞こえない……拍手が、聞こえない……どこへ、どこへ行ったのです、わたくしの、お客さまは……」
隊員が慌てて駆け寄り、マヤを介抱すると首を横に振った。
「撤退する……」
自我を保つため、マヤはずっと、自分にも幻をかけて満員の客席を見せていたのだ。
それがなくなった今、心が壊れてしまったのだろう。
いつまでもうわごとを繰り返し、目は虚ろだった。
*
あの時、音羽が『俺だけが錯乱している』と教えてくれた時、ハクは無事だと確信した。
マヤがため息をついて、隊員を蔑む隙を狙い、俺はハクへ身振り手振りで合図を送った。
長年の付き合いだ。ハクは俺が何を言いたいのか、良く分かっている。あとはハクがマヤに近づくまで、やつの気を引く役目を演じきった。
去り際、感知型の隊員が、マヤの倒れた場所付近を調べていた。その唇はこう言っていた。
「今の能力波は何だ、登録にない」
俺は今日、マヤを撃退した。だが保安局には、目を付けられたのだ。
感知型の隊員の言葉が、消せない汚れのように、いつまでも頭にこびりついていた。
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