第三場「飛び入り」
俺は思わず立ち上がった。音羽は、俺のズボンの裾を掴みながら心配そうに見上げる。
目立つな。何もするな。心の中で、その言葉がこだまする。
「サクにぃ」
涙をこぼしたナナと目が合った。
―――。
耳の奥で、ガラスが派手に割れるような鋭い音が鳴り響いた気がした。
いい加減にしろ……
もう、たくさんだ。
これ以上、大切な人は奪わせない。
お前らが俺の大事なものに手を出すのなら、俺はどんな手を使っても守ってみせる。
「合図をしたら、ナナを頼む」
「あ、おい!合図ってなんだよ。ちょっと待てよ!」
俺はハクにそう言い残すと、気づけば広場の真ん中に立っていた。
「おい、演出家」
俺がそう言うと、マヤは値踏みするような冷ややかな目線を送った。
「誰ですか?あなたは。配役表にない演者は不要です」
「さっきから誰も拍手してないのに、よく一人で踊ってられるな。客がいない舞台ほど、みじめなものはないだろ」
マヤの眉がピクリと動いた。
「何をおっしゃる。客席なら、いつも満員ですよ」
マヤはそう言うと、何もない宙をうっとりと見つめている。
さっきもそうだった。あいつは、何もないところに向かって挨拶をしていた。
あいつには何が見えている。あいつの能力は何なんだ。
――解析する。
視界の端がすっと冷えていく……銀の輪が目に浮かぶ。
【幻覚】
たったの二文字。能力の名前だけ。
その効果の詳細や弱点は分からない。だがそれで、十分だった。
覚悟は決まった。
「主役が欲しいんだろ。なら、俺がやってやるよ」
「面白い少年ですね。そんなあなたには、最高の舞台を用意して差し上げましょう」
マヤは頬を吊り上げる。だが、その目は笑っていない。
その隙に、俺はハクに目線を送る。合図を受けたハクはナナを抱えて走り去った。
「貴様!」
「放っておきなさい。端役に用はありません」
憤る隊員を、マヤが諭す。
マヤは両手を挙げて宙を見上げた。
次の瞬間、カラスのように顔だけを動かして、俺の目をまっすぐに捉えた。
「では――開演です」
――世界が、反転した。
深紅の炎が地面から湧き上がる。炎の渦は龍のように地面から立ち上がり、俺の方へ向かってくる。
転がりながら避けると、何人ものマヤがたたずんでいた。
「どれが本物か、お分かりになりますか?」
俺はマヤを解析する……
浮かんでくるのは、どれも【幻覚】の二文字。俺の目では、本物を見極めることは叶わなかった。
突然、衝撃とともに脇腹に鈍い痛みが走った。マヤの幻に紛れて、身体強化型の隊員に殴られたのだ。吹き飛ばされた俺は、地面を転がった。
「あなたの役は、無様に倒れる道化です」
俺の肩をポンと叩きながら、マヤが勝ち誇ったように告げる。
意識が朦朧とする。俺の力では、あいつの幻をやぶることは出来ない。
ゆらめく炎の向こう側で、音羽が何かを叫んでいた。
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