第二場「演出家」
次の日の朝、俺と音羽はいつものように市場へ向かった。
部品屋の親父とのルーティンを終えて、帰ろうとしたその時、音羽が不安そうに俺の袖をつかんだ。
「あの子も、この子もざわざわしてる……」
店内の明かりや軒先の自動販売機を指さしている。
「用は済んだ。とっとと帰ろう」
俺がそう言って振り返ると、見知った顔の少年が向こうから走ってきた。
「よう!朔、音羽。今日も仲がよろしいご様子で」
真っ白な髪、おちゃめな赤茶の目、左手には黒の手袋。年長組の仲間の一人、ハクだ。
「朔、ナナと会わなかったか。どこにも見当たらないんだ」
「……いや、会ってない。駅舎へ急ごう」
嫌な予感がした。取り越し苦労ならそれでいい。そう願いながら、足取りは早くなる。
*
市場の入り口広場まで戻ってきた時、ふと、裸電球が波打った。付近のドローンがふらつきながら逃げていく。強いノイズが近づいている……
その時、入り口の向こうから、黒い制服を着た隊員四人と道化師のような恰好をした背の高い男が歩いてきた。
派手なロングコートを身にまとい、紫色の長い髪を後ろで結っている。
「ごきげんよう、捨て地の皆さま!」
男は空に向かって両手を挙げそう叫ぶと、仰々しくお辞儀をした。
「アーク保安局の第四部隊三班班長、マヤと申します。以後、お見知りおきを」
広場の人々はその場に凍りつき、固唾を呑んでマヤを見ている。
「演目は――『検査』。捨て地の小さなお客さまに、少しばかり舞台へ上がっていただきます。なに、痛いことはしませんよ。ノイズを測るだけ」
検査……。一年前、音羽の幼なじみもこうして連れていかれた。
捨て地には能力者はいないと分かっているはずなのに、なぜかあいつらは定期的に子どもの検査にやってくる。
「もし、拒否するのならば……」
男は不気味な笑みを浮かべて、指を鳴らした。
その瞬間、炎が燃え広がった。屋台から屋台へ。あちこちが炎で包まれ、真っ赤な火の粉が降り注ぐ。人々は悲鳴を上げて逃げ惑った。
「おいおい、やばくないか」
「朔、どうしよう……」
ハクは焦りを隠せず、音羽は縮こまって、震えている。
だが俺は、小さな違和感を抱いていた。
再びマヤが指を鳴らす。そして、大声で叫んだ。
「どうです!わたくしの芸術は!楽しんで頂けましたでしょうか?」
大衆を確認することもなく、胸から出した手鏡で自分の顔をのぞく。そしてうっとりとした表情で、誰もいない場所に向かって何度もお辞儀をする。
「ありがとう、ありがとう、ありがとう……」
いつの間にか、火は消えていた。
やつは狂ってる。このままでは何を仕出かすか分からない。市場のみんなも無事では済まないだろう。
だが俺は何もしない。何もしないでやり過ごす。五年前、自分に課したルールだった。
*
あの日、俺は調子にのっていた。
気づいた時には、俺には不思議な力があった。
他人の力が分かる。この力を使って、何か凄いことが出来そうな気がしていた。
いつも偉そうに俺たちに危害を加えてくる制服のやつらに、やり返したかったのだと思う。
市場でいざこざがあり、身体強化型の隊員が力を使った。俺はそのタイミングに合わせて足を出し、転ばせた。
転んだ隊員は、勢い余って壁にぶつかり、みんなが笑った。
みんなの代わりに悪を叩きのめす。主役になった気分だった。
次の日、保安局がやってきて、俺を探し回った。俺を差し出さなければ、市場を燃やして回ると言った。俺は震えて何も出来なかった。
だが親友は違った。仲間のせいで市場のみんなに迷惑がかかることを、あいつは許せなかった。
親友の名はキバ。同い年の幼なじみで、いつも一緒に行動していた。
キバは名乗り出た。
キバは連れていかれた。俺の代わりに。
俺はその後ろ姿を、ただただ見ていた。何も出来ないなら、こんな力、使わないほうが良い。
目立つな。目立つと奪われる。奪われないためには、何もしないのが一番だ。
*
市場をひっそりと隠れて立ち去ろうとした時、一人の少女が転んだ。少女が持っていた紙袋は宙に投げ出され、こぼれたパンがマヤの足元に落ちた。
その少女は、ナナだった。
来るなと言った。
それでも、ナナは俺たちに昼食のパンを届けたかったのだ。
「おや……」
マヤがつぶやき、蛇が獲物を狩るような目でナナを見下ろした。
「素晴らしい!自ら配役に名乗り出るとは!」
ナナは震えていた。助けを求めようと辺りを見回す。俺はナナと目が合った。
マヤは膝をついてナナの顎を持ち上げる。
「決めました!」
再びマヤが叫んだ。
「本日の主役は、あなたです」
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