第六場「大道具」
ずるずる。
ずるずる。
地下鉄の駅のホームに響くのは、たった一つの音。
男に引きずられていく俺の、靴が擦れる音。
俺は、暗闇の奥へ容赦なく引きずり込まれていく。
そこに、一つの声が水面の波紋のように投じられる。
「……呼んでる。誰かが」
音羽がヘッドホンを押さえている。
耳を澄ますと、かすかに男のポケットから振動音がした。
「ッチ。店に客か」
男は苛立たしげに吐き捨てる。
「命拾いしたな。小僧」
そう言うと、突然、俺の襟首を放す。
男が線路へ降りる音が聞こえる。
そして、そのまま闇に溶け込む。
男はトンネルの奥へ帰っていった。まるで煙が空へ向かって消え去るように。
静寂。
俺はマッチでランタンに灯りをつける。
地下鉄のホームに光が戻る。
力を使い果たし座り込むトバリ。
その奥には、ハクが二の腕から血を流して壁にもたれかかっていた。
音羽がハクの元へ駆け寄り、スカートの端を破く。その切れ端を、震える手でハクの腕に巻きつけた。
「大丈夫?歩ける?」
「いてて……音羽、ありがとう。なんとか平気みたい」
幸いにもその傷は、浅いようだった。
ハクは俺の方にふらつきながら歩いてくると、俺の肩を叩く。
「なんかよく分からないけど、助かったな」
「ああ、なぜだか分からないが、引いてくれたみたいだ……」
あの男は、『依頼人』の要望と言っていた。
また、先ほど去る前には、『店に客か』と。
誰かに依頼を受けて俺たちを襲った?
だが、その依頼人に何かがあったのか?
床には、男が残した細い刃物が転がっている。
刃物の先には、ハクの血が付いていた。
再び、あいつが現れた時、暗闇で何もできない俺は、みんなを守れるだろうか。
仮に男が引き上げていなければ、全てが終わっていた。
今日と同じ状況では、二の舞を演じるだけだ。
俺は、意を決していた。
*
駅舎に着くと、ホームの端にナナがちょこんと座っていた。
「サクにぃ!」
ナナが満面の笑みで微笑む。
「久しぶりだな、ナナ」
俺は、ナナの唇に指を当て伝える。
「源爺に、最低でも三日は俺たちのところへ来るなと伝えてくれ」
「源爺に?でもなんで――」
ナナは、真剣な俺のまなざしを見て、その先を呑み込む。
そして、こくんと頷いた。
これでいい。
源爺には、地下の隠れ家には近づいて欲しくない。
下手に近づけば、あの男と鉢合わせになる危険がある。
駅舎裏に戻ると、音羽、ハク、トバリが待っていた。
俺はみんなを見回しながら、先ほどの出来事を思い出す。
*
消える男が去った後、俺は自分の能力の全てをみんなに話した。
総力戦でなければ、あの男には勝てない。
洗いざらいをみんなに打ち明け、作戦を立てる必要があった。
重要なことは三つ。
一つ、俺の能力を理解してもらった上で連携を取ること。
二つ、全員の力を余すことなくあの男にぶつけること。
そして最後の三つ目、最も大切なこと。
戦う場所を選ぶこと。
地下を出る前、俺はホームの柱に、男の残したナイフで紙を突き刺した。男への書き置きだ。
ハクがその様子を見て首を傾げる。
「わざわざ居場所を教えるのかよ」
「ああ、見てもらわないと困る」
戦う場所は、俺たちが選ぶ。
*
茜色の夕日が、積み上げられた機械の山の向こうから差し込む。
ここには、子どもの頃から何度も訪れている。どこに何があるのか、目を瞑ってでも分かる。
機械の墓場。
俺たちは、決戦の舞台にたどり着いた。
音羽がヘッドホンを首に下げ、機械の残骸のあいだを歩く。
前を通ると、話し出す機械がいるそうだ。
音羽は、しゃがんで機械の声に耳を寄せる。
声を頼りに、まだ「目が生きている」ロボットを探す。
そして、その場所を指で示して俺に伝える。
俺は、土の上に書いた地図に印を書きこむ作業を続けた。
「……わたしにもできることがあって良かった」
音羽が、久しぶりに微笑む。
ハクとトバリには、別の作業をお願いした。
二人には、墓場の奥の焼き穴の灰を、米袋に詰めてもらう。
ハクは詰めた袋を肩の上に乗せて、せっせと運んでいる。
「朔、ところで、これ何に使うんだ?」
「あとで、分かる」
俺は、敢えてはぐらかす。
「それ、一番ムカつくやつな」
「文句言わずに手を動かす!」
トバリに肘でつつかれたハクは、二の腕を痛そうにした。
「ところで朔、敵が来たらオレは何すりゃいい?」
「お前は、触る役だ。でも、それがいちばん難しい」
ハクは黙って頷く。
その様子を見てトバリは、真剣な顔をした。
「……盾、夜中を過ぎれば、また張れるよ」
「頼りにしてる」
最後は、俺の番。
墓場の奥、腕をもがれた古い給油ロボットの側に向かう。
腹のタンクの底にまだ油が残り、まわりの土が黒く湿っているのを、確認した。
俺は油の匂いを確かめ、マッチの箱を握る。
舞台は整った。
気づけば、墓場を茜色に染めていた太陽は、機械の山の向こうへ消えていた。
辺りには、冷ややかな夜の気配が満ちていく。
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