第五場・裏「溶暗」(ルイ視点)
力が奪われてから、既に五日が経っていた。
街の人へ聞き込みをしようにも、まともな話ができない。
この歓楽街は、酔っ払いや頭がおかしくなってしまった人で溢れていた。
僕は、焦り始めていた。
「やはり質屋の番頭に聞くのが一番早いかと。何のためにあの情報を仕入れたのです?」
「……仕方ありませんね」
識に促されるが、僕は気が乗らない。
出来れば、使いたくなかった方法。
だが、藁にもすがる状態の僕は、使わざるを得ないところまで追い込まれていた。
*
再び質屋を訪れると、番頭は帳場の隅でバツが悪そうに座っていた。
「私は何も知りませんよ。前にお話しした通りです」
僕は意を決して話しかける。
「奥様がいらっしゃいますよね。上層で家事手伝いとして働かれているようですが……」
「あの家のご主人と僕は顔見知りなんです」
番頭が息をのむ。
「このまま力が奪われてしまうのは絶対に避けなければなりません。僕も手段を選んでいられません」
目的のために、手段を選ぶ余裕はない。
良くないと分かっていても、それを選ばざるを得ない。
あの痩せこけた父親と、僕は何が違うのか。
「私がしゃべったと知れたら、ただじゃすみません。そこは秘密にしてくださいよ」
番頭は、うらめしそうに語りだす。
「あっちに高い建物が見えるでしょ?あの最上階が旦那の隠れ家です。何かあった時はいつもそこに滞在されてます」
昼より明るい赤や桃色の看板。その奥の背の高い古い遊技場の建物。
屋上の金色の看板が、煌々と光っていた。
僕は、黒羽さんの最期を思い出す。
黒羽さんはいつも僕のことを案じてくれた。
『光に頼りすぎるな』
その言葉が今は骨身に沁みる。
いざ自分の力と戦うとなると、光に頼りすぎること。そのことの脆弱さが浮き彫りになる。
「識さん、暗闇でも波は見えますか」
「波は、光ではありませんから」
つまり、暗闇でも蔵人の居場所は分かるということだ。
「この区の明かりを全て落とします」
*
その日は、新月を翌日に控えた夜だった。
僕たちは遊技場の建物の下までたどり着くと、合図を出す。
第七部隊の隊員が区の変電設備のレバーを下ろした。
看板、街灯、窓の明かりが端から消え、最後に遊技場の金色の看板が消える。
舞台の照明を一つずつ落とすように。
僕は手すりの冷たさだけを頼りに、遊技場の非常階段を上る。
識はすぐ後ろについてくるが、運動不足なのか息があがっている。
最上階につくと、建物の中に入る扉は開いていた。
「えらい真っ暗にしてくれはりましたなあ」
闇の中から蔵人の声がする。
蔵人は、僕の力を使ったが、手のひらに集まったのは蛍ほどの小さな光だった。
「……ありゃ。こんだけしか、集まりまへんか」
「その光は、あなたには似合いません」
僕は一歩、踏み出す。
次の瞬間、光は消える。床がみしりと音を立てた気がした。
「日向隊長、右へ」
識の声を頼りに、僕は右へ跳ぶ。
先ほど僕が立っていた所の床板が砕け、破片が頬をかすめる。
「波が変わりました。四等級の、強化系です」
「日向隊長の波は、まだあの人から感じます。左の胸のあたり」
強化系……あの父親の力だ。
だが闇での動き方は、黒羽さんとの戦いで学んだ。
目に頼るな。
音に耳をすませ。
床が再びみしりと音を立てる。
「正面、二歩」
識の声。
僕は身を低くして飛び込む。
頭の上をごうと拳の風が横切る。
蔵人の腕をかいくぐり、蔵人の懐に手を伸ばす。
指先に質札の手触りがした。それを僕は引き抜く。
次の瞬間、蔵人がよろける。
柔らかく湿った手が、僕の手を探して宙をかく。
「――二度目は、ありません」
僕は手を握らない。
そして呟く。
――溶けろ。
次の瞬間、僕が手から放った細長い質札に炎が上がる。
「白い隊長はん、その力はなんです?」
蔵人は、炎の向こうで目を丸くしている。
僕の力は光と熱。
だが、蔵人が奪った力は光のみだ。驚くのも無理はない。
燃え上がる質札から何かが流れこむ。僕の光の力だ。
僕は、右手を蔵人の前で開く。
――灯せ。
炎の明かりから集めたありったけの閃光。
蔵人は両目を押さえてのけぞる。
僕が足を払うと、蔵人の重たい体は床に転がった。
「識さん、隊員を!」
「もう呼んであります」
僕は苦しそうに転げ回る蔵人の懐から、もう一枚の質札を取り出す。
その札には、痩せこけた父親の名前が書いてあった。
男の悲痛な叫びを思いだす。
気づけば僕は、その紙を二つに破っていた。
「それは正規の契約でっせ。隊長はんが勝手に破ってええもんとちゃいます」
「では、僕を訴えてください」
どこか遠くで、あの父親の元に力が戻った気がした。
*
一時間後、街には明かりが戻っていた。
蔵人が第七部隊の隊員に連行されたことを伝えると、番頭はあぜんとしていた。
「隊長さん、旦那の秘密を一つ教えます。どうか妻のことはご勘弁を」
番頭は奥座敷の床下から分厚い帳簿を取り出す。
僕はそれを受け取って頁をめくる。
裏の帳簿だろうか。質入れのことは何一つ書いていない。
脅し、痛めつけ、人を消す仕事。
どの行にも依頼人、請負人、金額が几帳面な字でご丁寧にも書かれていた。
一番新しい頁で指が止まる。
〈依頼 波を出さず能力者を退けし少年 一名 身柄 生かしたまま引き渡しのこと〉
〈請負 朧〉
依頼人の欄を見て僕は愕然とした。
〈依頼人 獅堂キリヤ〉
時計塔の一件で、ノアの命令に背いたことで謹慎中のはず……
あの男は何を考えているのか。
なぜ、そこまで、波を出さない少年に執着するのか。
胸の奥がざわめいた。
右手を開くと、朝の光がすうっと指先に集まる。
「識さん、環外へ戻ります」
「波を出さない少年には、僕が会います。……僕が、行く」
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