第三場「だんまり」
俺たちの体力は、限界を迎えていた。
四日前、得体の知れない何かがホームから去った後、俺はみんなにそいつのことを話した。
影だけは見える。
それを手掛かりに、ランタンを四六時中灯し、交代制で見張りをした。
ランタンは計六カ所。ホームに四つ。ホームに降りる階段に一つ、詰所の前に一つ置いた。非常電源は既に使い果たしたため、六つのランタンだけが頼りだった。
それは、三日前のこと。
その日は、ハクが見張りをしていた。
ランタンの灯りがふと風でゆらめき、ガタンと木箱が倒れる音がした。
ハクは慌てて詰所まで駆け込み、みんなを叩き起こす。
「おい!あいつが来たぞ!」
俺たちはゆっくりと足音を立てないように、ホームへ降りていく。
「声を立てるな」
俺は静かな声でそう伝える。
最後の階段を踏んだ時、足元を何かが横切る。
―――。
「ねずみ……」
音羽は、ねずみが駆けていく方向を指さす。
それをハクが目を丸くして見つめる。
「なんだ、ねずみかよ」
「……ハク、あんたねえ」
まだ眠そうな目をこすりながらも、トバリはハクの早とちりにイライラとしていた。
小さな音に、びくびくとして夜も眠れない。
そんな日が続いていた。
そして今日、俺たちの体力は限界を迎えていた。
ホームでの見張りは、俺がしている。
まぶたが重い。
思考能力も衰えていた。
―――。
フッと音が聞こえて目を覚ます。
疲れ果てた俺は、居眠りをしてしまったようだ。
すぐに異変に気がつく。
ホームの四つのランタンのうち、奥の二つが消えていた。
ホームの半分は、闇に包まれていた。
その時、三つ目のランタンの灯も消えた。
煙草の匂いが辺りに漂う。
間違いない。今、あそこにあいつはいる。
階段に腰かけていた俺は、ゆっくりと、だが視線は外さずに後ずさる。
一瞬、四つ目のランタンが落とす大きな影が反対側のホームの壁に映った気がした。
だがそのランタンの灯りも、すぐに得体の知れない何かに消される。
残り二つ。
俺たちに残された灯りの生命線は、僅かしかない。
階段の途中に設置してあるランタンまで、たどり着いた時、背筋が凍る。
やられた。
詰所前のランタンは、すでに消されていた。
先回りされたのだ。
残されたランタンは、今、ここにある一つだけ。
そしてやつがどこにいるのか、完全に分からなくなった。
「お前が無能力の少年か?」
男の低い声が背後から聞こえ、俺は振り向く。
だが、そこには誰もいない。
焦った俺はランタンを掴む。
しかし、俺が掴んだ最後のランタンの灯りは、既に消えていた。
辺りには、完全な闇が訪れた。
静寂の中で、どこかで水滴が落ちる音だけが時を刻む。
「改めて聞く。お前が無能力の少年か?」
気づくと男の声は、目の前から聞こえた。
「依頼人は生け捕りをご所望だが……腕の一本や二本がなくとも問題はないだろう」
男が刃物を振るう音がする。
―――。
その直後、金属がぶつかる音がした。
そして聞こえる、ハクのうめき声。
「ハク!どうしてここへ?」
「詰所のランタンの灯りが消えたからな。みんなを起こして駆けつけたんだよ。っつ……!」
「ハク!大丈夫?」
ハクを心配する音羽とトバリの声が暗闇に響く。
ハクは、どこかを切られたようだった。
俺の足元に転がる水道管の切れ端に、血がついていた。
ハクが俺を助けるために使った切れ端だった。
「無能力の少年はどいつだ?」
男は全く驚いた様子もなく、淡々と問い詰める。
「まあ良い。名乗り出るまで一人ずつ切っていくだけだ」
一人ずつ切る?
ふざけるな。
もう俺は、かつての俺じゃない。
仲間を犠牲にするくらいなら、俺が傷ついたほうがよい。
俺は、即座に名乗り出る。
「俺だよ。お前が探している無能力の少年は」
「……やはりお前か。抵抗されると面倒だからな。少し痛い思いをしてもらうぞ」
男は再び気配を消す。
煙草の匂いが、辺りを漂う。
その匂いが、近づいてくる気がする。
そして、男は再び刃を振るう。
よけられない。
「――幕、下ろすよ」
俺の腕を狙った刃を光の壁がはじく。細い刃物は、弾かれて床に落ちた。
壁の向こうで、男が短く息を吐く音がした。
トバリの光の壁が辺りを照らす。
その瞬間、男の姿が現れる。
白髪まじりの髪、無精ひげ。五十代くらいの男性。
だが、すぐに男の姿は暗闇に溶けた。
一瞬だった。
だが、今まで一度も姿を見せたことがない男が、現れた。
なぜだ?
ランタンを消すのは、影を消すためだと考えていた。
だが、もし仮に、姿を消していられる時間に限りがあるのだとしたら?
そこまで考えたところで、光の壁の残滓が消える。
「……ごめん、もう、張れない」
力を使い果たし、トバリが床にへたりこむ。
辺りは再び完全な闇に包まれた。
直後、俺は背後から襟首を掴まれた。喉には冷たい刃が当てられている。
「来い。暴れれば、そっちの娘から切る」
音羽が息をのむ音が聞こえた。
ハクが立ち上がろうとする。
だが、うめき声とともに、床に崩れる音が聞こえた。
俺はそのまま、ずるずると引きずられていく。
抵抗する気は、もはや起きなかった。
お読みいただきましてありがとうございます。
続きが気になる方は、ブックマーク、評価で応援お願いいたします。励みとなります。




