第二場・裏「付き人」(ルイ視点)
時任を退けた環外の少年は、今どこにいるのだろうか。
七日前に旧時計塔跡地で感知装置が作動してから、その後の反応はない。
はやる気持ちとは裏腹に、三日前、ノアから再び緊急指令が入った。
下層第三区で、能力の違法な貸付が、恒常的に行われているという。
通称、「質屋」。
第七部隊の隊員が何人も再起不能となり、例のごとく僕のところに回ってきた。
再起不能になった隊員は、口々に言う。
『能力を奪われた』と。
指令を受けて都市に戻ったのが昨日。
そして僕は今、塔の地下、研究局の入り口に立っている。
ノアの指令には、「研究局の計測官を捜査に同行させる」と書いてあった。
都市の調査で研究局の人間が同行するのは、初めてのケースだ。
白く長い、無機質な廊下を進む。
消毒液の匂いが鼻をつく。
つきあたりを右に曲がったすぐの部屋に、その女性はいた。
小柄で細身の女性。短く切り揃えた銀髪。
白衣の上に、その細い肩には大きすぎる保安局の外套を羽織っている。
綾瀬識。同行する計測官だ。
「はじめまして、綾瀬計測官」
僕は声をかける。
だが彼女は端末に向かって、カタカタと文字を打ち込んでいる。
「聞こえていますか?綾瀬計測官」
「少々お待ちを」
振り向くこともなく、短い返事。
そして、切りがついたのか、突然こちらを振り向く。
「識、で結構です」
「え?」
「ですから、綾瀬、ではなく識で結構です」
識は、片眼鏡のレンズで僕を観察する。
レンズの奥の緑の光が点滅する。光は、段々と速くなった。
僕はその様子を、呆気にとられて見ている。
「……能力波は、一等級。系統は、放出系。それと、七日前に一度だけ、波が普段の何倍にも振れた跡があります。……興味深いです」
「……それは、あなたの能力ですか?初対面の相手でも、いつもそれをするんですか?」
「はい。私の癖です。お気になさらず」
識は椅子から立ち上がる。
そのまま部屋の出口まで向かい、こちらを振り返る。
「私のほうで、第三区までの車を手配しています。早速向かいましょう」
*
車の中でも、識はずっと端末とにらめっこをしていた。
「今回、なぜ研究局のあなたが同行することになったのかご存知ですか?」
「ノアの判断です」
識は無表情に呟く。
「ただ……調査対象、質屋は他人の能力を担保で押さえて、自身で使うようです。持ち主から切り離された能力がどう使われるのか――」
「興味深いです」
識は端末から目を上げて、窓の外を眺めた。
「そういえば……回収済みの検体ですが、状態が非常に良好でした。研究局として、お礼申し上げます」
回収済みの検体?
まさか、黒羽さんのことを言っているのだろうか。
白い布をかぶせられ、窓のない車で運ばれていった、あの姿がよみがえる。
喉の奥が、きゅっと狭くなった。
「黒羽さんの遺体ですか?何をするんです?」
「はい、そうです。検体は、計測中です。これ以上は、私の権限では申し上げられません。規則ですので」
規則?どんな規則があるのか。
計測とは、一体、何をするというのか。
疑問は、積み重なるばかりだった。
*
「ここですね……」
目的地に着き、僕たちは車を降りた。
軒を合わせて連なる集合住宅の一角。
その三階を僕は見上げる。
第七部隊の記録では、質屋に能力を預けた届け出が半年で三十件以上。そのうちの一人の家だ。
家を訪ねると、四十代くらいの男性が出てきた。
ひどく痩せている。
男の腕の皮膚は、まるで中身を全部吸い出されたように、不自然なしわを刻んで垂れ下がっていた。
「お、俺は預けただけだ!借りたんじゃない」
保安局の訪問をただ事じゃないと感じたのか、ひどく怯えている。
「保安局第二部隊の日向ルイと申します。あなたを責めに来たのではありません。お話を聞かせてもらえるだけで構いません」
僕は、玄関の奥の部屋を見つめる。
奥の布団に、十二、三歳くらいの女の子が寝ていた。
その顔は、紙のように白い。
「娘だ。体が弱くて、薬代がかさむ。二年もすれば、こいつにも能力の代金がいる……俺が十五で能力を授かった時のローンもまだ残ってる。稼いでも稼いでも、火の車だよ」
男の手首の端末が、小さく震えた。画面の塗装は、すり切れている。
男は浮かんだ取り立ての数字を見もせず、袖で隠した。
都市の住民は十五歳になると、ノアによる遺伝子操作を受けて能力を授かる。だが、それはただじゃない。
上層の住民にとっては雀の涙だが、下層の住民はローンを組んで支払うのが一般的だ。
そうでもしないと、仕事は見つからず、この街では生きていけなかった。
「それで、質屋に能力を預けて、金を借りた。そういうことですね」
「ああ、そうだよ……娘のためには他に選択肢はなかった」
男は観念して、質札を僕に差し出した。
質札には、男の名前、日付が金茶色の文字で記載されている。
その下に、墨で「怪力」の二文字。男が質に入れる時に申告した能力。そして、金茶色の印が押されていた。
つまり、男の能力は今、質屋が預かっている。
そして、期限までに金を返せなければ、その能力は質屋のものとなる。
ふと横を見ると、識が片眼鏡で男を観察していた。緑の光が点滅している。
「記録では強化系ですが、波がほとんど出ていないです。能力が抜けている検体は初めて見ます――」
「非常に、興味深いです」
「……識さん、この方は、検体ではありません」
「そうですか」
識は平らな目のまま、引き下がった。
「それで、質屋はどこにありますか?」
「第三区の一番奥、古い酒場の裏にある。金茶色の暖簾が目印だ」
男は、隠す気が失せたのか、すらすらと全てを話してくれた。
その後、僕たちは必要な情報を聞き終わると、男の家から引き上げた。
車に戻ると、識は相変わらず端末で何かの作業をしている。
僕の脳裏には、ある言葉がよみがえっていた。
それは、去り際の男の忠告。
質屋の主人とは、決して握手をしてはならない。
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