第八場・裏「幕外」(ルイ視点)
振るわれた影の刃は、喉元で、ぴたりと止まっていた。
僕の光は、ことごとく黒羽さんの影に吸い込まれていく。
打つ手がなかった。
―――。
打つ手がない?
本当にそうか?
『光に頼りすぎるなよ』――黒羽さんの言葉が脳裏をよぎる。
僕の力は光と熱。
だが熱は加減がきかず、周りの建物も人も飲みこむ。熱の力では、僕が守りたい正義は実現出来ない。
だから訓練生時代に、熱を封じた。
それ以来、光の力で、正義と秩序を貫いてきた。
でも、ここで僕は終わる。
そうなれば、奏やモモ、第二部隊の隊員たちは環外の異変で命を落とすかもしれない。
僕がいないことで、都市の人々の平穏が脅かされるかもしれない。
――僕の正義と秩序とはなんだ?
――本当に守りたいもののためには、光だけでは戦えない。
黒羽さんは、そのことを僕に気づかせたかったに違いない。
「黒羽さん」
僕は、ぐるりと円を描いて並んでいる変圧器へ目を走らせる。
「教わったとおりにします」
僕は光を集めるのをやめた。
――溶けろ。
熱の力を解放する。
敷地を囲む変圧器の腹の中にたっぷりと入った油が温められていく。
一つ。
二つ。
三つ。
黒羽さんがはっと顔を上げる。
次の瞬間、変圧器の蓋が内側からはじけ飛び、炎が高く吹き上がる。
ひとつ、またひとつ、敷地を囲む鉄の箱が火の柱に変わる。
たちまち変電所は真昼のような明るさに包まれた。
手のひらに光が戻ってくる。
だが僕の狙いは、それではない。
四方を炎の光で囲まれた黒羽さんの影は、沸騰した湯に氷を投げ込んだかのごとく、消えていった。
影の居場所は、どこにもなかった。
「……燃やしたか。お前が、熱を。……ちゃんと、覚えてたんだな。光に頼りすぎるな、って」
炎の明かりが照らす黒羽さんの顔は、笑っていた。
僕はそれには答えず、手のひらにありったけの光を集める。
――灯せ。
集めた光を一筋に絞って解き放つ。
影の壁は、もう立たなかった。
放たれた光が黒羽さんの肩をまっすぐに貫く。
黒羽さんは、燃え上がる変圧器のあいだで仰向けに倒れていた。
僕はその隣で、片膝をついた。
黒羽さんを蝕んでいるひびが、肩から首、頬へ、音もなく広がっていく。
最後の力を使い切った体が、内側から崩れていくように。
「……黒羽さん」
「いい。どのみち、もう長くはなかった」
黒羽さんは、炎の向こう側にそびえたつ方舟塔を見上げていた。
「調整をやめたら、三年でこのざまだ。……笑えるよな。あいつらは、俺たちを治してたんじゃない。つないでたんだ」
「どういう意味ですか」
黒羽さんは、裂けた僕の白い袖を掴む。
「ルイ。お前も、いずれこうなる」
その目はもう、僕を見ていなかった。
「首輪をつけられた犬なんだよ。……俺も、お前も」
袖を掴む手が、力を失った。
ふいに、手首の端末が鳴る。ノアからの指令だ。
〈対象の生命反応、消失を確認。第二部隊隊長、日向ルイ。ただちに対象を回収せよ〉
回収。
その二文字に僕は引っ掛かりを覚えた。
確保でも搬送でもない。回収。
人に使う言葉ではない、と感じた。
通りの向こうから車両の明かりが近づいてくる。
やってきたのは、窓のない白い箱のような車。車の後部には、研究局の印がある。
車が止まると、研究局の部隊は僕に一礼をする。
だが、それ以上何かを聞かれることはなかった。
黒羽さんの体を担架にのせ、白い布を被せて車へ運び込む。
その手つきは、ひどく慣れている。
僕はただ、見送ることしか出来なかった。
*
方舟塔へ戻ると、夜は明け始めていた。
僕は、黒羽さんの最期を報告するため、筆頭隊長室へ向かう。
部屋に入ると、鉄心隊長は窓際に立ち、方舟塔からの景色を眺めていた。
僕の気配に感づいた鉄心隊長は、振り返らず言う。
「座れ」
明けかけの薄い光が、金の縁取りの鋼色の隊長服を照らしていた。
「黒羽の件は、聞いた。……ご苦労だった」
それだけだった。
黒羽さんは、鉄心隊長の部下だったはずだ。
だが、鉄心隊長からの言葉は、たったの一言だった。
「それと、もうひとつ」
鉄心隊長が端末を操作する。
「昨夜、キリヤが時任を勝手に環外へ送っていた。旧駅舎の老人をさらって、あの少年をおびき出したらしい」
画面に映っていたのは、時任自身の報告書だった。
正確で淡々として、自分に都合の悪いことまで何も隠していない。
僕は、報告書のある記載に目を奪われる。
〈少年は、戦闘のあいだ一度も能力波を発していない。それでも私の能力の条件を見抜き、私を破った。懐中時計は、少年に奪われた。〉
能力波がないにもかかわらず、二等級を退けた。
マヤの時とは違う。時任は紛れもない実力者だ。
偶然では、片づけられない。
「黒羽さんは、最後に言いました。調整は治すためのものじゃない、つなぐためのものだと。僕たちは、首輪をつけられた犬だと」
鉄心隊長の肩がわずかに動いたように見える。
「……体の壊れかけた男の、うわ言だ」
本当にそうだろうか。
黒羽さんの目は、最後まで正気だった。
訓練時代の黒羽さんの面影があった。
「では、この少年はどうなんですか。能力波を出さない人間が、なぜ能力の条件を見抜けるんですか。……鉄心隊長は、何かご存じなんじゃないんですか」
長い沈黙。
窓の外では、上層が朝焼けに染まり始めた。
鉄心隊長はようやく振り返る。
そこには、子どもの頃から知っている顔があった。厳しくて、どこか疲れた顔。
「ルイ」
その顔は、僕の目を真っ直ぐに見つめる。
「深入りするな」
それ以上は何も聞くな。
その目は訴えかけていた。
鉄心隊長は、何かを知っている。
『深入りするな』――とは、裏を返せば何かがある、ということだ。
部屋を出て、廊下の窓から外を見る。
朝日に照らされた方舟塔が、環外まで伸びる長い影を作っていた。
僕は、裂けた袖をそっと握りしめる。
その影は、微かにうごめいている気がした。
お読みいただきましてありがとうございます。
高評価、ブックマークで応援よろしくお願いします。




