↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/24

第七場「楽屋見舞い」

時任の一件から二日後、約束通り源爺は物資を運んできた。


大きな荷物を詰所の床にどさっと落とすと、壁際の木箱の上に倒れこむように座った。


「音羽に、聞かせる話があるんじゃ……」


源爺は足がまだ痛むのだろう。しかめっ面で膝をさすっていた。


「話って、なに?」


宿直室から毛布にくるまった音羽が出てくる。まだ熱はあるようだが、顔色は良くなっていた。


「白い制服の、桃色の髪の娘の話じゃ」


市場の道の角で、黒髪の眼鏡の女性と一緒に感知装置を設置していた女の子だ。


モモと呼ばれていた。


源爺によると、モモは夜になると一人で駅舎のホームに来て、端に腰かけて夜中まで座っているそうだ。


「昨日はナナに、『灰色の髪で、ヘッドホンをした、耳のいいお姉ちゃんを知らない?』と聞いておった。音羽を探しているようじゃ」


源爺の口調は重たかった。


「おそらく、今晩も来るじゃろう……」


源爺も音羽も、みんな気づいている。


音羽の耳のことを知っているモモという少女は、一人しかいない。


一年前に保安局に連れ去られたあの子が、白い制服を着て環外に帰ってきているのだ。


しかもその部隊は、俺たちを追っている。


皮肉な話だ。


源爺はそれ以上はあえて何も言わず、駅舎へ帰っていった。


*


詰所の中は、重たい空気で包まれていた。


音羽が何も言わず、淡い水色の目で訴えかけてくる。


「まだ熱があるんだろ。そんな状態で駅舎まで歩かせられない」

「歩ける」


音羽は、俺の目を真っ直ぐ見る。


ハクが横から口を挟む。


「罠かもしれないんだぜ」

「罠なら、わたしのことなんて聞かないよ!わたしの名前を隊で出したら、モモが捨て地の子だってばれちゃう。あの子、昔から隠しごとが下手なの。本当に会いたいときしか、あんな聞き方しない!」


音羽は、動じずにまくし立てる。


「一年、待ったんだよ」


その淡い水色の目は、涙で溢れていた。


「……分かった。ただし、俺がついていく。ハクとトバリは残れ」


音羽を止めることは無理だと思った。


だが、俺の言葉にハクが反応する。


「なんでだよ。俺も行く」

「あんた何も分かってないの?もう、あたしたちは記録されちゃってるんだよ。下手に動き回らない方が良いに決まってるでしょ」


ハクを制するトバリは、ついて行けないことが悔しそうだった。


その様子を見たハクはうなだれる。そして、呟いた。


「ちゃんと、戻ってこいよ」


*


外に出ると、辺りは真っ暗だった。


夜風が冷たい。


俺は音羽に上着をかぶせ、手を引いて歩きだす。


体調はまだ万全ではないはずだが、音羽は止まることなくついてきた。


そのまま数十分歩き続け、俺たちは旧駅舎へたどり着いた。


裏手の半分崩れたビルの上から、ホームを見下ろす。


ホームの端に小さな人影が見えた。


白い制服、桃色の線の入った袖。足を線路の上でぶらぶらさせ、二つに結んだ桃色の髪が夜風に揺れている。


ほかの隊員の姿は、見えなかった。


「なにか、鳴ってる。機械の声。あの子のほうから。すごく大きい。ずっと、叫んでるみたい」


音羽が苦しげにヘッドホンを押さえる。


俺には、夜風の音しか聞こえなかった。


気づくと、音羽は崩れた壁の斜面を下っていた。ふらつく足で、ホームの端へ向かっている。


俺は慌てて、音羽の後を追いかけた。


コツコツと音羽の足音が、夜のホームに響き渡る。


桃色髪の少女が振り向く。


少女はその茶色の大きな目を見開き、まばたきを二回した。


「……おとは?」


声が震えている。


「おとは、だよね?うそ、ほんとに?ちょっと、待って、なんで、あたし――」

「……モモ」


モモは立ち上がり、音羽へ駆け寄った。


二人の距離が近づく。


あと、一歩という距離になった時、突然、音羽の体がぐらりと揺れた。


倒れそうになる体を、俺は支える。


「おとは!大丈夫!?」


音羽は額を押さえ歯を食いしばり、モモが近づくと血の気が引いていく。


モモは足を止めた。


そして何かに思い当たったように自分の喉に手を当てる。


「そっか。おとは、機械の声が聞こえるんだったね。……ここに、入ってんの」


そう言うと、モモは一歩下がった。近づいた二人の距離が離れる。


「声を大きくする機械。いつでも叫べるように、寝てる間もずっと力を溜めれるようにって。あっちへ行ってから、すぐに埋めてもらったの」

「あたしの力、もともとはそんなに強くなかったから。これのおかげで、三等級になれた」


モモは肩をすくめて説明する。だが、その顔は悲しげだった。


そして、もう一歩、モモは後ろに下がる。二人の距離は更に広がる。


音羽の肩から力が抜ける。


三歩。それが、埋まることのない二人の距離だった。


「……その髪、どうしたの?」

「染めたの。灰色って、都市じゃ目立つんだよ。捨て地の色だって、すぐ分かっちゃう。……似合うでしょ?」


音羽の髪も、青みがかった灰色だ。音羽は何も答えることが出来なかった。


俺は、ホームの端に腰かけた。ちょうど二人の間の位置だ。


それを見た二人も、並んで座る。


「サクも来てたんだね。元気してた?」

「ああ、モモも元気そうだな」


音羽が反対側のホームの端を見つめながら聞く。


「向こうに行ってから、どうだったの?大丈夫?」

「全然平気。大丈夫。あったかいお湯が毎日出る。ベッドもふかふか、ご飯は三回、雨漏りもしない。制服もかわいい。部隊の人たちもいい人ばっかりで――」


モモは足をぶらぶらさせて早口でまくし立てる。だが途中で、ふと黙った。


そして、何かを言いかけたが、それを呑み込んだ。


音羽は膝の上で手を握る。


「帰ってきて。一緒に、いようよ。ナナも、源爺も、みんな――」

「戻らないよ」


先ほどの早口が嘘のように、モモは静かだった。


「捨て地に戻るくらいなら、都市で死ぬ」


音羽の膝の上で握られた拳は震えていた。


モモが立ち上がり、制服の裾を払う。


「さてと、そろそろ戻らないと」


モモは、三歩先の音羽を見つめて微笑む。


「今夜のことは、報告しない。あたしは、誰にも会わなかった。でも、次に仕事で会ったら、あたし、手加減しないからね」


そして、今度は俺の方を向く。笑みは消えていた。


「あの白い隊長は、本物だよ。あたし、あの人が負けたとこ、一度も見たことない。……絶対に、戦っちゃだめだから」


モモは、そう言い残すと走り去る。


桃色の髪はすぐに闇へ消えた。


音羽は、まだ座ったままだった。


モモが座っていた場所をじっと見つめている。


その埋められない三歩を、月の明かりが照らしていた。

お読みいただきましてありがとうございます。

評価、ブックマークして頂けますと大変嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。