夜会より入札会のほうが好きです
翌朝、私は臨時監理室の机に大きな紙を広げ、北方領都の主要商会名を書き出していた。
ローデン商会、マルシュ商会、ヴェッカー輸送組合、グラン穀商会。
穀物、石炭、薬草、木材。項目ごとに線で結ぶと、見事なまでに同じ顔ぶれが並ぶ。
しかも価格は年々上がっているのに、納品量と品質は下がっていた。
「出来レースですね」
ミラが横から紙をのぞき込む。
「完全に」
「奥様、怒ってます?」
「かなり」
「顔は笑ってます」
「本当に?」
たぶん本当だろう。
前世でも今世でも、私はこういう「みんなで少しずつ誤魔化して大きく壊す仕組み」が嫌いだ。
責任の所在が薄まるほど、弱い立場の人間にしわ寄せがいくから。
私は羽根ペンで大きく二重線を引いた。
「やり方を変えます」
「何をです?」
「調達です。今季残り分の追加発注を、全部公開入札にします」
「こ、公開」
「ええ。条件を明文化して、複数商会に同時提示。価格、納期、輸送手段、違約時の罰則、代替調達の義務まで入れる」
「嫌がられますね」
「でしょうね。でも嫌がるのは困っていない人たちです」
そこへルシアン公爵とハンナ、ヨナスが入ってきた。
私はすぐ紙を彼らの方へ向ける。
「提案があります」
「聞こう」
「公爵領の追加調達について、本日午後、商会を集めた公開入札会を開きたいです」
マティアス領政長官は目を丸くし、ハンナは口の端を上げた。
ヨナスは何かに耐えるように瞬きをする。
「今日ですか」
マティアスが恐る恐る言う。
「今日です」
「急すぎませんか」
「急だからです。猶予を与えると、また談合されます」
「だが、そんな前例は」
「前例が役に立たないから、今こうなっているんです」
少し強く言いすぎたかと思ったが、ハンナが「その通りですな」と即座に頷いてくれた。
「兵站はもう待てません。冬はすぐそこです」
「ありがとうございます、ハンナ責任者」
「責任者と言ってくださるの、奥様が初めてです」
「肩書きは敬意ですから」
彼女は一瞬だけ目を見開き、それから小さく笑った。
よかった。味方が増えた。
「公開入札で必要なのは公平な司会と記録係、そして現物を知る人間です」
私は続ける。
「司会は私がやります。現場条件はハンナ責任者、書面記録はヨナス書記官、最終承認は公爵様」
「俺は立っているだけでいいのか」
ルシアン公爵が問う。
「いいえ、圧をかけてください」
「圧」
「はい。とても効くと思います」
「……君は時々、遠慮がないな」
「必要業務ですので」
結局、公開入札会は本当にその日の午後に開かれた。
領都庁舎の大会議室。
招集された商会主たちは、最初こそ「急な話だ」「いつもの手順と違う」と不満を漏らしていたが、壇上にルシアン公爵が立っているのを見るなり静かになった。
恐怖は優秀な静音装置である。
私は中央に立ち、用意した条件書を配布する。
「本日より、北方領の冬季追加調達は公開入札で行います。数量、品質、納期、輸送責任、遅延時の違約、契約違反時の没収金――すべて書面に明記します」
「そんな細かいことを、いちいち」
ローデン商会の支店主が鼻を鳴らした。
「今までは口約束でも十分回っていたではありませんか」
「回っていませんでした」
私は即答する。
「だから穀倉が足りていないんです」
会場がざわつく。
支店主の顔色がわずかに変わった。
「誤解ですな」
「では、こちらをご覧ください」
私は後ろの板へ、昨日まとめた数字を書き出した。
年度別の発注量、実納品量、遅延回数、価格上昇率。
言い逃れのできない形にしてしまえば、人はぐっと黙る。
「い、いや、それは輸送路の事情で」
「なら、その事情も契約に書きましょう。雪害時の代替路、護衛の手配、保険金の範囲まで」
「そこまで細かくしては商いにならん!」
「曖昧だから今まで儲かったのでしょう?」
「なっ」
「でも残念ながら、これからは駄目です。北方の冬は、誰かの利益調整より重いので」
私は一枚の契約書案を掲げた。
夜のうちに作った新しい標準契約だ。前世の監査知識と今世の契約魔法の常識を総動員した自信作である。
「なお、入札資格は本日ここにいる商会だけに限定しません」
その一言で、古参商会たちの空気が変わった。
「周辺村落の生産組合、地方の独立商人、退役軍人の輸送隊にも門戸を開きます。規模が小さくても、条件を満たせば参加可能です」
「そんな無名どもに任せられるか!」
「任せられます。必要なのは家名ではなく履行能力です」
ハンナが横から補足した。
「現場評価は兵站部が行う。書類だけ綺麗な商会は要らん」
ヨナスも静かに言う。
「過去の履行記録も確認します」
つまり、いままで談合で甘い汁を吸ってきた顔ぶれに、正面から「実力で来い」と告げたわけだ。
嫌がられるに決まっている。
ローデン支店主が机を叩いた。
「公爵様! このようなやり方では、王都との取引にも差し障りが」
「差し障りがあるのは、ここで納品を偽っていた貴様らだ」
ルシアン公爵の一言で、会場の温度が一段下がった。
「北方の冬を軽んじる商人に、我が領で商う資格はない」
静まり返る会場。
私は内心で少しだけ拍手した。圧、非常によく効いている。
結局、その場で複数の地方商会と仮契約が結ばれた。
中には女性だけで運営する織布組合が、袋材と防寒具の納品を申し出てくる場面もあった。条件を細かく書いても逃げない相手は、案外多い。
逃げるのは、曖昧さで得をしてきた人間だけだ。
会議が終わったあと、私はその場に残っていた一人の女性から声を掛けられた。
三十代前半ほどだろうか。質素な外套の下に商人章を下げている。
「奥様。小さな商いにも目を向けてくださって、ありがとうございます」
「こちらこそ。名乗っていただけますか」
「リゼットと申します。亡夫の輸送隊を引き継いでおります。これまでは大口に入れず、端の仕事しか回ってきませんでした」
「なら、今回から条件を満たした分だけ正当に入ってください」
「……はい」
彼女の目が少し潤む。
私はその反応に胸が温かくなった。
こういう人たちが動きやすい形を作れれば、組織は少しずつまともになる。
その夜、私は臨時監理室に戻るなり椅子へ沈み込んだ。
「疲れました……」
「お疲れ様です、奥様」
ミラがすかさず茶を差し出してくる。
「でもすごかったです。商会主さんたち、顔が青くなってました」
「仕事をしてもらうだけです」
「夜会であれをやったら伝説になれそうです」
「夜会ではやりたくないわね」
ふたりで笑っていると、ノックのあとにエリオット騎士長が入ってきた。
彼は私へ一通の封書を差し出す。
「王都から急ぎ便です。奥様宛て」
「私宛?」
嫌な予感がした。
封蝋を見た瞬間、その予感は確信に変わる。
王家の紋章。
そして差出人は――レオンハルト第二王子。
『久しいな、セラフィーナ。君にしか頼めない相談がある。誰にも知らせず、明晩、北門外の旧礼拝堂へ来てほしい』
私は無言で手紙をたたんだ。
「……奥様?」
「元婚約者殿下が、今さら会いたいそうよ」
ミラの目がこれ以上ないほど丸くなる。
私は冷えた茶をひと口飲んで、静かに息を吐いた。
嫌な仕事ほど、向こうからやってくるものである。
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