表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/18

呪いの正体は、破られた約束でした

 ルシアン公爵が書庫で眠れた翌日、拘束していた三人の尋問が大きく進んだ。


 進んだ、と言っても素直に白状したわけではない。

 互いの証言が食い違うたび、公爵の加護が反応し、別室でも微かな魔力のざわめきが起きる。それを私が記録し、どの発言の直後に綻びが濃くなったかを照合していったのだ。


「つまり、誰がどこで嘘をついたか、分かるのか」

 尋問記録を見ながら、ルシアン公爵が低く問う。

「完全ではありませんが、かなり」

「恐ろしい能力だな」

「敵に回したくないと仰ったでしょう」

「改めて実感している」


 会議卓には、私、ルシアン公爵、アルフレッド執事長、護衛騎士長エリオットの四人だけ。

 外にはミラが控えている。


 私は記録の上に、色分けした付箋を順に貼っていった。

「まず、購買係ダミアンは『王都の緊急案件だから仕方なかった』と繰り返しています。でも、どの案件かは言えない。ここで強い黒色が出るので、肝心な相手を隠している」

「会計補助ベッカーは?」

「自分は数字を書き換えただけ、と。つまり指示役が別にいるのは確実です」

「グレシャムは」

「『公爵家のためだった』と言っています。これは半分本当で半分嘘です」

「半分?」

「彼は自分の取り分も得ていた。でも同時に、何か大きな圧力を恐れている。たぶん王都からの誰かです」


 エリオット騎士長が顔をしかめた。

「殿下の案件という文言もありましたな」

「ええ。でも現時点で第二王子殿下と断定は危険です。書面に名前がない以上、裁定の場では通りません」

「ではどうする」

「北方へ行きます」


 私が言うと、室内が静まった。

 ルシアン公爵だけが、最初からそれを予想していたように目を細める。


「理由を」

「横流しされた物資の量が、公爵邸内だけで消化できる規模じゃありません。石炭も薬草も木材も、最終的には北方防衛物資の帳簿に接続しています。つまり本丸は領地側にある」

「……同意見だ」

 公爵が頷いた。

「北方領都ノクスヘイムの会計庫を直接洗う必要がある」


 アルフレッド執事長が口を開く。

「ですが旦那様、冬前の今、王都を空けるのは」

「だから私も同行します」

 私はすかさず言った。

「というより、私が行かなければ綻びの地図が作れません」

「危険だ」

 ルシアン公爵の声が低くなる。

「領地の反発もある。王都より露骨だ」

「承知のうえです」

「北は寒い」

「それは知っています」

「……そういう話ではない」


 私は少しだけ息をつき、彼を見返した。


「公爵様。私はこの家の問題を見つけただけで終わるつもりはありません」

「……」

「途中まで直して、あとはご自身で、と丸投げしたら、また同じことが起きます。責任者が一人で抱え込んで倒れる職場は駄目だと、私は何度も申し上げました」

「職場ではない」

「組織です」

「結婚だ」

「両方です」


 ルシアン公爵はこめかみを押さえ、しばし黙った。

 その顔が呆れているのか諦めているのか分からず、私も黙って返答を待つ。


 やがて彼は、観念したように椅子へ深く腰掛けた。

「……同行を認める」

「ありがとうございます」

「ただし条件がある」

「また条件ですか」

「契約相手だろう。境界が明確な方が良いのだろう?」

「そうでした。ぜひ」


 その返しにエリオット騎士長が肩を震わせ、アルフレッド執事長は咳払いで笑いを誤魔化した。

 ルシアン公爵だけが真顔で羽根ペンを取る。


「一、北方領での調査は必ず護衛同伴。二、危険区域には許可なく立ち入らない。三、体調に異変があれば即報告」

「追加で私からも」

「言ってみろ」

「一、公爵様は睡眠時間を四時間以下にしない。二、食事を抜かない。三、頭痛を隠さない」

「多いな」

「最低限です」


 結局、双方の条件を盛り込んだ簡易契約書がその場で作られた。

 署名を交わすと、紙の上に柔らかな光が走る。

 見慣れた誓約の銀光なのに、不思議と心地よい。


「それと、もう一つ」

 私は署名済みの契約書を机に置きながら言った。

「公爵様の加護について、もう少し詳しく知りたいです」

「なぜ」

「根本対策に必要だからです。私は数字だけではなく、契約そのものの綻びを見たい」

「……いいだろう」


 ルシアン公爵は窓の外へ目を向けた。

 薄曇りの空が低い。


「グレイフォード家の祖は、北方の魔物災害から王国を守る代わりに、誓約竜アルグレイと盟約を結んだ。公爵家の当主は『守ると約したもの』が破られるたび、その反動を引き受ける。兵站、雇用、納税、保護、婚姻、主従。名のもとで結ばれた約束が多いほど、力も責任も増す」

「力の代償が、痛み」

「ああ」

「それ、欠陥契約では?」

「昔からそう言われている」

「誰も修正しないんですか」

「初代以来、誰もできなかった」


 私は思わず眉をひそめた。

 国家の防衛基盤を、欠陥契約の上に何百年も積み上げてきたのか。ずいぶん大胆な王国である。


「修正条項は残っていないのですか」

「伝承では『余白を読む者』が現れた時のみ可能、とされる」

「……それ、随分と都合がいいですね」

「私もそう思う」


 余白を読む者。

 つまり、私のような魔法を持つ者。


 偶然にしてはできすぎている。

 でも、まだ結びつけるには早い。私はひとまずその言葉だけを胸に留めた。


 その後、会議は北方行きの準備に移った。

 エリオット騎士長が護衛編成を決め、アルフレッド執事長が王都邸の留守を預かる。

 ミラは当然のように「私も参ります」と宣言し、ルシアン公爵から「君は奥様付きだったな」とあっさり許可を得ていた。


 すべてが決まりかけたところで、外から別の騎士が一通の書簡を持ってきた。

 王都のローデン商会本店から押収した私文書だという。


 私は封を切り、目を通す。

 そこには、簡潔な文が並んでいた。


『北方領都の穀倉分、今季も予定通り回せ』

『公爵が戻る前に帳尻を合わせろ』

『次の婚礼までに片をつける』


「……穀倉」

 呟いた瞬間、嫌な寒気が背を走った。

 石炭や薬草だけではない。食糧まで動いている。


「公爵様、急いだほうがいいです」

「分かっている」

「北の冬で穀倉が抜かれていたら、人が死にます」

「ああ」

「しかも『次の婚礼』って、どういう意味でしょう」

「分からん。だが良い意味ではないだろうな」


 私は書簡を握りしめた。

 心臓が速く打つ。


 未処理案件だと思っていた。

 けれどこれは、誰かの生活どころか命の勘定だ。

 机の上で済む話ではなくなってきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ