初めての休日は、仕事禁止です
監理局発足から二か月後、私はついに職員全員から反乱を起こされた。
「局長、本日は休日です」
朝、いつものように執務室へ向かおうとした私の前に、ミラとハンナとヨナス、ついでにネラまでずらりと並んだのである。
「休日といっても、午前だけ少し」
「駄目です」
ハンナが即答する。
「比較表は昨日で終わりました」
「でも、次の四半期計画が」
「明日」
ヨナスが冷静に言う。
「南倉の契約更新案は」
「明後日でも間に合います」
ネラまで頷く。
「局長、休んでください」
「……全方位から却下されている」
しかもそこへ、最後の刺客が現れた。
ルシアンである。
「外套を」
彼は当然のように私へ手を差し出した。
「どこへ行くんですか」
「休暇だ」
「聞いていません」
「いま言った」
「そういう問題では」
「問題ない。生活協定第四条」
「不調を見抜いた場合の強制休養執行権……」
「その通りだ」
完全に囲まれている。
私はしばらく抵抗したものの、最終的には「戻ったら報告書を読む」という条件付きで連行された。
自分でも往生際が悪いと思う。
連れて行かれた先は、領都から馬で半日ほどの温泉村だった。
北方では珍しく雪解けの早い谷あいにあり、春先でも湯気が立つ。
こぢんまりした宿の裏には川が流れ、その音だけで少し肩が軽くなる。
「……本当に休暇ですね」
私は宿の縁側に立って呟いた。
「だからそう言った」
「もっと高級で格式ばった場所かと」
「君はそういう場所で休めるか?」
「……難しいです」
「だろう」
確かに、王都の豪奢な離宮より、この素朴な湯宿の方が私はずっと落ち着く。
机が見えないのもいい。見えたらたぶん書類を広げてしまう。
昼食のあと、村を散歩することになった。
温泉饅頭、干し果実、薬草茶、木彫りの竜飾り。小さな土産物屋を覗きながら歩いていると、村人たちが自然に頭を下げてくれる。
でも王都みたいにかしこまりすぎず、むしろ「ちゃんと休んでくださいね」と親戚みたいな調子で言われるのが北方らしい。
「局長さん!」
声をかけられて振り向くと、以前公開相談会に来ていた羊毛組合のおばあさんだった。
「今日は書類なしですか」
「なしです」
「よかったよかった。あんた、働きすぎだもの」
「みなさん同じことを言いますね」
「本当だからだよ」
笑われて、私は少しだけ頬が熱くなる。
隣でルシアンが「ほら見ろ」という顔をしているのが非常に腹立たしい。
川沿いの道まで来たところで、私はつい癖で懐から小さな手帳を出しかけた。
その瞬間、横からするりと奪われる。
「ルシアン!」
「仕事禁止だ」
「思いついたことを忘れたらどうするんですか」
「忘れる程度なら大した案件ではない」
「暴論です」
「明日の君が覚えていれば書けばいい」
「今日の私が有能なのに」
「知っている。だから休ませる」
さらっと言われて、私はぐうの音も出ない。
最近この人、本当に褒めるのが上手くなってしまった。悔しい。
そのまま歩いて、村外れの小高い丘へ上る。
下には湯気の立つ屋根が並び、遠くにまだ雪の残る山並みが見えた。
風は冷たいけれど、日差しはやわらかい。
「座るか」
ルシアンが岩場の平らなところを示す。
私は外套の裾を整えて腰を下ろした。
しばらく二人で景色を眺めていると、不思議なくらい何も考えなくていい時間が流れる。
「……休みって、こういうものなんですね」
ぽつりと言うと、ルシアンが隣で「今さらか」と答えた。
「はい、今さらです」
「君は休むことに罪悪感を持ちすぎる」
「前世の職業病です」
「今世では治せ」
「努力しています」
「まだ足りん」
「厳しい」
私が唇を尖らせると、彼は少しだけ笑った。
その笑顔を見るだけで、胸があたたかくなる。
「ルシアンは」
「何だ」
「休めていますか」
「前よりは」
「前よりは、ですか」
「君が隣にいると、終わらせてもいいと思える」
さらりとまたとんでもないことを言う。
「困ります」
「なぜだ」
「心臓に悪いからです」
「それはすまない」
「そう思うなら予告してください」
「難しい相談だな」
私は両膝を抱えるようにして、空を見上げた。
青い。すごく青い。
前世で見ていた休日の空は、たいてい寝不足でぼやけていた。こうしてきちんと息を吸って眺めた記憶が、ほとんどない。
「もし」
思いつくままに口を開く。
「前世の私が今の私を見たら、きっと信じないでしょうね」
「何を」
「自分が、休日に手帳を取り上げられて、でもちょっと嬉しそうにしていることを」
「ちょっとか?」
「かなりかもしれません」
「正直でよろしい」
そのあと、宿へ戻ってから温泉に入り、夕餉を食べ、夜は本当に何もせずに早く床に入った。
最初は落ち着かなかったけれど、布団にもぐり込んだ私の髪をルシアンがそっと撫でた瞬間、妙に安心してしまった。
「セラフィーナ」
「はい」
「今日は仕事をしなかった」
「しましたね」
「何を」
「休む練習を」
「……なるほど」
「大事な仕事でしょう?」
「認める」
彼は少し笑ってから、寝台の灯りを落とした。
「では、よく働いた」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
初めての休日は、仕事禁止。
でも終わってみれば、それも立派な生活の技術だったのだと思う。




