王都から届いた三通の手紙
春の終わり、王都からまとめて三通の手紙が届いた。
差出人の名前を見た瞬間、私は机に肘をついて天井を仰いだ。
「濃いですね……」
ミラがしみじみ言う。
「ええ。非常に濃い」
一通目、セシリア・ベルヴェイン。
二通目、元第二王子レオンハルト。
三通目、元アシュクロフト伯爵――すでに降格したので肩書きが長くなる父である。
「どれから開けます?」
「軽そうな順でいきましょう」
「じゃあセシリア様?」
「そうね」
最初の手紙は、予想に反してかなり丁寧だった。
『北方保存研究の進捗報告と、先日の件への改めての謝罪』
『今は派手な奇跡ではなく、腐らせない工夫や運ぶ仕組みの方が、ずっと多くの人を助けると学んでいます』
以前の彼女なら考えもしなかったであろう言葉が並んでいる。
どうやら本当に反省したらしい。添えられた報告書も、監理局様式できちんとまとめられていた。
「すごい。数字が入ってます」
ミラが感心する。
「努力したのね」
「返信します?」
「します。協力は続行。ただし監査付き」
「容赦ない」
「再発防止は愛です」
二通目は、開ける前から嫌な予感しかしなかった。
案の定、文頭から自意識の密度が高い。
『君に誤解されたままなのは心外だ』
『私は常に国のことを考えていた』
『南方学術院は退屈で、君の冷静な助言が懐かしい』
「燃やします?」
ミラが真顔で尋ねる。
「まだ」
「まだ?」
「証拠として保管したいので」
私は深く息を吐いた。
最後まで読み切ると、だいたい予想通りの内容だった。
自分が悪かったとはほとんど書かず、環境と周囲のせいにしつつ、最後だけ妙に情に訴えてくる。
本当に変わらない人だ。
「返信は」
「一行で十分ね」
「なんと?」
「『ご自愛ください。監理局は求人しておりません』」
ミラが吹き出した。
「それは効きます」
「事実ですし」
三通目の父からの手紙は、さらに読後感が悪かった。
言い訳、後悔、家族なのに、昔は良かった、助けてほしい。
ありとあらゆる言葉が並んでいるのに、肝心の『私が悪かった』だけが驚くほど薄い。
私はそこで手紙を畳んだ。
「これは返信しません」
「いいんですか?」
「いいの。返す言葉がないというより、もう必要がないから」
そこへノックのあと、ルシアンが入ってきた。
私の顔と机上の手紙を見比べ、短く言う。
「王都か」
「はい。処理に迷う案件が三つほど」
「見るか?」
「見ます?」
「君が嫌なら見ない」
「……では、二通だけ」
「どれだ」
「父以外で」
「妥当だな」
私はセシリアとレオンハルトの手紙を差し出した。
ルシアンはざっと目を通し、前者には何も言わず、後者を読んだところで表情が完全に消えた。
「監理局は求人していない、でいい」
「ですよね」
「むしろ丁寧すぎる」
「えっ」
「『今後一切の私信は不要』でもいい」
「強いですね」
「事実だ」
「便利な言葉です」
「君に学んだ」
私は笑いながら、新しい便箋を取り出した。
セシリアには簡潔で実務的な返信を。レオンハルトには一行で十分。
『お手紙拝受しました。ご自愛ください。北方監理局は求人しておりません』
書き終えると、やたらとすっきりした。
昔の私なら、もっと言葉を尽くして角を立てないように配慮しただろう。
でも今は違う。必要以上に曖昧にしない方が、結局みんなのためだと知っている。
最後に、父からの手紙だけは封をして保管棚の一番奥へしまった。
捨てないのは、過去を無かったことにしないため。
でも返事をしないのは、もうそこへ戻らないためだ。
「局長」
ミラが手紙束を抱えて立つ。
「郵便室へ行ってきます」
「お願い」
「元殿下のは、ちょっとだけ折り目をきつくしておきます」
「余計なことをしない」
元気よく出ていく侍女を見送り、私は椅子にもたれた。
王都から届く手紙は、まだ完全には過去になっていない。
でももう、私の足を止めるものでもない。
隣でルシアンがぽつりと言う。
「君は本当に変わったな」
「変わりました」
「強くなった」
「そうかもしれません」
「いや」
彼は静かに首を振った。
「本当は最初から強かったんだろう。周りが、それを都合よく使っていただけで」
私は少しだけ目を伏せ、笑った。
「それ、かなり効きます」
「褒めている」
「分かっています」
王都から届いた三通の手紙。
返したのは二通、返さなかったのは一通。
たぶんそれが、いまの私にちょうどいい距離だった。




