王都裁定会議
王都裁定会議の当日、空はよく晴れていた。
皮肉なほど美しい冬晴れだ。
その下で、私はこれまで集めた証拠を箱ごと抱えて王城へ入った。
ミラが横で緊張のあまり無言になっている。ヨナスは顔色こそ青いが、手元の整理帳は完璧だ。ハンナはいつも通り無骨に落ち着いている。
「奥様」
入場前、ミラが袖をぎゅっとつかんだ。
「絶対に勝ちましょうね」
「勝ち負けではないけれど」
「でも気持ちとしては勝ちたいです」
「同感」
会議場には王侯貴族、高官、商業院、軍関係者、聖堂代表まで揃っていた。
中央の高座には国王陛下。その右に王太子、左に各大臣。
そして少し下がった席に、レオンハルト第二王子とセシリア・ベルヴェイン嬢、ローデリック・ヴァルター侯爵、アシュクロフト伯爵まで並んでいる。
壮観だ。
できれば別件で来たかった。
「北方調達および王都祭礼備蓄に関する照会を始める」
国王の声が響く。
「グレイフォード公、説明せよ」
ルシアン公爵が一歩前へ出た。
「北方領都において、防衛備蓄の恒常的流出、契約書類の改竄、偽命令の発行が確認されました。被害は穀物、石炭、薬草、防寒具に及び、第三砦の危機を招きました」
会議場がざわめく。
「証拠の説明は、妻セラフィーナ・グレイフォードが行います」
そこで私の番になった。
私は深く一礼し、中央の机に資料を広げる。
「まず、北方領の不足分と王都祭礼備蓄増加分をご覧ください」
数量表を提示する。
「年度、便数、損耗率を調整しても、両者は異常なほど一致しています。次にこちら、ローデン商会支店と祭礼局の輸送契約です」
ヨナスが写しを配り、私は問題の条項を示した。
「『北方優先規定に先行する』という文言がありますが、これは正規追記ではありません」
国王が眉をひそめる。
「なぜそう言える」
「誓約竜の書庫に保管された原板と照合しました」
会議場がさらにざわつく。
王族以外には滅多に開示されない名が出たからだ。
私は続ける。
「正規追記には竜印と当主印の二重承認が必要です。しかしこの条項には片方しかなく、しかも筆致が浅い。後代の模写です」
「馬鹿な」
ヴァルター侯が初めて声を荒らげた。
「書庫の閲覧など、一介の公爵夫人に許されるはずが」
「許されました」
私が即答すると、ルシアン公爵が低く補足した。
「私の許可でな」
「……」
ヴァルター侯の顔が引きつる。
「さらに」
私は第二の束を開く。
「ローデン商会支店主の謝罪文です。自筆で横流しと契約違反を認め、補填計画を提出しています」
写しが回ると、商業院の面々が一斉に顔を見合わせた。
支店主本人も証人席で青ざめている。
レオンハルト殿下がここで口を開く。
「待ってくれ。仮に北方から一部物資が回っていたとしても、それは王都民心安定のための措置だ。私はヴァルター侯から、正当な緊急運用だと聞かされていた」
「聞かされていた?」
国王の声が冷えた。
「お前は自ら確認しなかったのか」
「それは……」
私は畳み掛ける。
「第二王子殿下は、私に対し会議前に『発言を控えれば監理機関設立の後ろ盾になる』と持ちかけました」
ベルモンド子爵が真っ青になる。
「正式な文書はありませんが、同席したグレイフォード公が証人です」
「事実だ」
ルシアン公爵が短く言い切る。
会議場の視線が一斉に第二王子へ向かう。
殿下は苦い顔で唇を噛んだ。
そこへセシリア嬢が、震える声で言った。
「……私は、王都の備蓄から出ていると聞いておりました」
皆の視線が今度は彼女へ移る。
「殿下も、ヴァルター侯も、そう仰いました。北方から奪っているなんて……そんな」
彼女の顔は本当に青ざめていた。
少なくとも、この点に関しては知らなかったのだろう。
「セシリア嬢」
私は彼女をまっすぐ見た。
「祭礼配布時に使われた袋印、覚えていますか」
「……ええ。北の雪花紋が入っていて、綺麗だと」
「それ、本来は北方備蓄専用の印です」
「っ」
彼女は口元を押さえ、そのまま俯いた。
涙が落ちる。演技には見えない。
ヴァルター侯が焦ったように声を上げた。
「戯言です! すべてはグレイフォード公の権力拡大のための」
「ではこれは?」
私は最後の束を差し出した。
「アシュクロフト伯爵家の偽署名文書群です。伯爵家はヴァルター侯関連商会から複数の借入を行い、その一部に私の旧署名が無断使用されています。資金流れは北方輸送の水増しと連動していました」
父が椅子から立ちかける。
「待ってくれ、私は」
「黙れ」
国王の一喝で凍りついた。
私はさらに一枚、急報書を開く。
「そして裁定会議の直前、南西峠では偽命令により補給線が断たれました。これが単なる会計不正ではなく、王国防衛そのものへの背任である証拠です」
しばし、重い沈黙が落ちる。
最初に口を開いたのは王太子だった。
「ヴァルター侯。弁明は」
ヴァルター侯は蒼白な顔で、それでもなお言い張った。
「すべては王都の安定のためです! 北ばかりを優先しては国全体が立ちゆかぬ!」
「正規手続きを踏まず、偽条項と偽命令でか?」
王太子の声がさらに冷える。
「それは安定ではなく簒奪だ」
国王が立ち上がった。
「ローデリック・ヴァルター侯爵をその場で拘束せよ。第二王子レオンハルトから財務関与権限を剥奪、追って処分を決する」
衛兵が動き出す。
父も連行の対象となり、リディアが泣き崩れた。
会議場は騒然とする。
私は息を吐いた。
終わった――そう思った、その瞬間。
会議場の扉が勢いよく開き、雪まみれの伝令が飛び込んできた。
「急報! 北方結界に大規模な揺らぎ!」
ルシアン公爵が即座に振り向く。
「原因は」
「王都名義の緊急撤収令が複数の砦と補給所へ同時発出されました! 各地で配置が崩れ、盟約負荷が一気に増大!」
「何だと」
私の背筋が冷えきる。
偽命令は南西峠だけではなかったのだ。会議が始まるタイミングで、同時多発的に放たれた。
拘束されかけたヴァルター侯が、そこでわずかに笑った。
「遅いのだよ」
その笑みに、会議場の温度が一気に下がる。
「……まだ終わっていない」
ルシアン公爵が低く言う。
私は頷いた。
裁定会議では勝った。
でも、北はまだ燃えている。




