都合のいい駒にはなりません
実家の一件が片づいた翌週、王都から正式な使者が到着した。
第二王子府付きの高官、ベルモンド子爵。
物腰は柔らかいが、目がいやに計算高い男だ。
「セラフィーナ様に、殿下から折り入ってのお話が」
応接室で彼は上品に頭を下げた。
「王都裁定会議を前に、誤解を解いておきたいと」
「誤解」
「はい。北方調達の件で、殿下が不当に関与しているという噂が」
「噂ではなく記録がございます」
私が言うと、子爵はにこりと微笑んだまま続けた。
「その記録の読み方について、でございます」
要するに、解釈を変えろということだ。
私は茶杯を置いた。
「具体的には」
「殿下は王都の安定を優先しただけです。非常時には地方備蓄を融通し合うのも国家の在り方でしょう」
「正式な緊急令もなく?」
「形式にこだわっていては、救える命も救えません」
「形式がないと、奪われる命もあります」
ベルモンド子爵の笑みが少しだけ薄くなった。
「殿下は、セラフィーナ様の才を高く評価しておられます」
「存じております。便利だと」
「……そこまで露骨には仰っておりません」
「意味としては同じです」
子爵は一度咳払いし、声の調子を変えた。
「率直に申し上げましょう。会議で王家の面目を潰すような発言は控えていただきたい」
「嫌です」
「代わりに、今後の監理機関設立について殿下が後ろ盾となる用意があります」
私は顔を上げた。
その提案は、一瞬だけ魅力的に聞こえた。
私が夢見ている独立した監理機関。その後ろ盾を王家が持つなら、広げやすくはなる。
でも、その直後に分かる。
それが罠だと。
「つまり、黙る代わりに餌をやる、と」
「餌とは」
「失礼。後ろ盾、でしたね」
「セラフィーナ様」
「私は取引自体を否定しているわけではありません。でも、条件設定が不誠実です」
私は机上の紙へ指を置いた。
「不正の解明前に発言を制限し、その代価として将来の支援をちらつかせる。しかも文書ではなく口頭で」
「文書にすると誤解が」
「されると困る内容だからでしょう?」
ベルモンド子爵の沈黙が、何よりの答えだった。
「お断りします」
私ははっきり言った。
「私は都合のいい駒にはなりません」
「駒、ですか」
「ええ。王家にも、公爵家にも、実家にも」
そこまで言うと、応接室の奥で書類を読んでいたルシアン公爵がふと目を上げた。
今日は最初から同席している。いわく「交渉は記録者が必要だ」とのことだ。
もちろん、私にとっても非常に助かる。
「公爵家にも、と今言ったな」
彼が静かに問う。
「はい」
「私は君を駒として扱っているか」
ベルモンド子爵がいる前で、なんとも答えにくい質問をする。
私は少し考えてから、正直に言った。
「いいえ」
「理由は」
「私が嫌だと言ったことを、最終的には押し通さないからです」
「……そうか」
ルシアン公爵はごくわずかに口元を緩め、それ以上何も言わなかった。
対してベルモンド子爵は、完全に話の流れを持っていかれた顔をしている。
「話を戻します」
私は容赦なく切り返した。
「王都裁定会議では、私の持つ証拠をすべて提出します。必要なら殿下ご本人にもご出席いただきたい」
「殿下を糾弾するおつもりですか」
「糾弾ではなく確認です」
「結果として殿下の立場が」
「立場より先に、冬があります」
その一言で、ベルモンド子爵の顔から外交用の微笑が消えた。
「後悔なさいますよ」
「しません」
「王都で敵を作れば、北方だけでは済まない」
「だから何でしょう」
「……」
「脅しは文書に残しませんか? 大変分かりやすいのですが」
子爵はそこでようやく立ち上がった。
「失礼いたします。返答は受け取りました」
彼が去ったあと、私は深く息を吐く。
ミラがすぐに新しい茶を注いでくれた。
「奥様、めちゃくちゃ強かったです」
「強がりよ」
「でも勝ってました」
「いまはまだ前哨戦です」
ルシアン公爵が席を立ち、私の机の横まで来る。
「セラフィーナ」
「はい」
「ありがとう」
「何に対してですか」
「私の前でも、公爵家を都合のいい駒にはしないと言ったことに」
「……怒りませんでした?」
「むしろ安心した」
「安心」
「君が自分で立っていると分かったからだ」
また、そういうことを言う。
私は茶杯を持ったまま目を逸らした。
「公爵様」
「何だ」
「私が自分で立つなら、公爵様も同じです」
「もちろんだ」
「なら、王都裁定会議で変に一人で背負わないでください」
「善処する」
「善処は却下します」
「相変わらず厳しいな」
「契約にしましょうか?」
「……考えておく」
彼が小さく笑う。
私はその笑いに少しだけ救われながらも、胸の奥の緊張は消えなかった。
王都裁定会議。
そこが大きな山になる。
私の証拠も、公爵の覚悟も、全部試される。
なら、その前にもう一つ。
根本に触れておくべきだ。
「公爵様」
「何だ」
「誓約竜の書庫、見せてください」
彼の表情がわずかに変わる。
「……なぜ」
「この件は古い契約まで掘らないと終わりません」
「危険だぞ」
「知っています。でも行きます」
しばらくの沈黙のあと、ルシアン公爵は静かに頷いた。
「準備をしろ」
「はい」
ここから先は、ただの不正調査ではなくなる。
そんな予感が、はっきり形を持ち始めていた。
会議前の張りつめた準備回でした。
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