悪女で結構です、誤差は許しません
公開入札と穀倉封鎖の影響は、すぐに領都の上流層へ広がった。
要するに、文句が来たのである。
「奥様、面会希望が山ほどです」
朝一番、ミラが抱えてきた名刺盆を見て私は目を細めた。
「地方貴族の夫人会、商人組合の有力者、慈善委員会……ずいぶん賑やかね」
「断りますか?」
「いいえ。まとめて受けましょう」
どうせ一人ずつ相手にしても同じことを言われる。
なら一度で済ませたほうがいい。
その日の午後、私は領都庁舎の応接広間に彼らを集めた。
艶やかなドレスに身を包んだ貴族夫人たち、腹の出た商人たち、地方有力者の顔ぶれ。
開口一番、年嵩の伯爵夫人が扇子を鳴らした。
「新しく来られた奥様が、ずいぶん思い切ったことをなさっているとか」
「ええ。穀倉不足は思い切って解消するつもりです」
「でもやり方というものがありますわ」
「ありましたか?」
「……まあ」
「これまでのやり方で足りていないから、変えたのです」
場がざわつく。
扇子の音が一斉に止まった。
別の商人が不満げに口を開く。
「ローデン商会との長年の信頼を、奥様は軽く見ておられる」
「信頼があったなら、現物は届いていたでしょう」
「輸送には事情が」
「その事情を契約に書かないから、毎回『事情』になるのです」
私は用意していた資料を配った。
去年と今年の納品量、遅延率、価格差。数字の並んだ紙は、立場の強い人ほど嫌う。
感情論が入り込む余地が減るからだ。
「奥様はあまりにも冷たいですわ」
今度は若い男爵夫人が、いかにも憐れむような顔で言った。
「少しの融通もないなんて。そんなでは人の心は離れます」
「心で穀倉は満ちません」
「まあ!」
「いま必要なのは好かれることではなく、冬を越えることです」
すると、商人の一人が鼻で笑った。
「さすがは王子に捨てられたご令嬢だ。情より計算というわけですな」
広間の空気がぴんと張る。
ミラが一歩前に出かけたのを、私は手で制した。
「そうですね」
私はにっこり微笑んだ。
「悪女で結構です。誤差は許しませんので」
場が静まり返った。
誰も、私が真正面から肯定するとは思わなかったらしい。
「人の命を預かる場で、計算は情に勝ちます」
私は続ける。
「一袋足りない穀物は、一家の夕食を失わせます。一日遅れた薬は、子どもの熱を悪化させます。そういう誤差を『融通』と呼ぶなら、私は喜んで冷たい人間になりましょう」
言い終わると、扉の向こうから低い声が響いた。
「私も同意見だ」
振り向けば、ルシアン公爵が広間へ入ってくるところだった。
黒の軍服に銀の肩章。いつものことながら、登場だけで空気が変わる。
「旦那様」
「続けろ」
短く言って、彼は私の横へ立った。
「誰か異論があるなら、数字と現物を持って来い。感情で冬は越えられん」
それでほとんど決着だった。
公爵の前で、誰も正面から反論はできない。
けれど私はここで終わらせたくなかった。
不満を封じるだけでは、また裏で腐る。
「皆様」
私は改めて彼らを見回した。
「文句があるなら、一緒に数字を見ませんか」
「は?」
「慈善委員会の夫人方には炊き出し実績の報告を。商人組合には納品記録を。地方有力者には村ごとの必要量を開示します。見たうえで改善案があるなら受けます」
「そこまで見せるのですか」
マティアス領政長官が驚く。
「ええ。透明化は不満を減らす最短距離ですから」
ハンナがにやりと笑った。
「奥様、好きですね」
「好きです」
「知っております」
結局、その場で慈善委員会からは炊き出し用のパン窯貸与の申し出があり、地方有力者たちからは村ごとの貯蔵状況が提出されることになった。
あからさまな反対だけをするつもりだった人たちも、数字を見せられると逃げにくい。
これも一種の公開入札だ。責任の。
面会が終わったあと、ミラが深く息を吐いた。
「寿命が縮みました……」
「まだ若いのに」
「奥様が平然としすぎなんです」
「慣れれば大丈夫よ」
「慣れたくないです」
広間から人が引いたあと、ルシアン公爵が隣でふと口を開いた。
「悪女で結構、か」
「勢いで言いました」
「似合っていた」
「褒めてます?」
「褒めている」
「……それはどうも」
何とも微妙な褒め言葉だったが、彼の口元がほんの少しだけ緩んでいたので、深く考えないことにした。
その日の夕刻、私は新たに集まった村別在庫表を前にして、ぽつりと呟く。
「少し、風向きが変わってきましたね」
「ええ」
ヨナスが静かに答える。
「今までは、皆、どこへ言えばいいか分からなかったのです」
「言っても握り潰されていたのでしょう」
「はい」
私は紙をめくる。
報告の山は増えた。つまり仕事は増えた。
けれど、それでいい。
見えないまま腐らせるより、見える形で忙しい方がずっとマシだ。




