20:……ごめん。
穏やかに優しい風が心地よく吹き抜ける【ウェスト】の大地。
おとぎ話のような事態はまだ起きていない様子で、花や草木、蝶や虫たちが飛び交うのが目に映り、心が穏やかになっていく。
「……こんな穏やかな環境なのにどうしてこんな……うわ……いたそ」
村と村を経由し、グラウが目指していた大きな都市に到着していた。
「やれーーー!!やっちまえぇぇええ!!」
「そこだ!右右右!!!くぁぁーーーおしいいい!!」
「うおおおおおおお!!!今だあ!!いけええ!!!」
頑強な石の壁に囲まれているここは【フューサ】……代々町長を担うタウゼント一族を筆頭に、戦いに飢えた猛者たちが多く居住しており、数ヵ所で運営している闘技場でのファイトマネーで生計を立てて暮らしていた。
その中のひとつ、【レッドゾーン】と呼ばれる闘技場の観客席からイサネはハラハラしながら中央のリングを見つめていた。
「第3試合!!な、なんということだぁあ!!あの!伝説として名を轟かせた【白銀の黒狼】が殴り込みに来たあぁぁぁあ!!!」
「なんだってええええ!!!」
「すげえええええ!!!」
司会兼レフェリーを務めるイタチが闘技場にグラウの通り名を響かせると大きな歓声が上がった。無表情のまま入場し、リングに上がったグラウは両腕に付けたグローブを締めなおして相手を待つ。反対側からリングに上がったのはトラの獣人……身長と体格はほぼグラウと同じ……違うところと言えば爪の大きさくらいだろう。
「まさか相手が貴方だとは……」
「久しいな……ティー」
「こんなところに来るという事は……訳ありですか?」
「…………」
「わかりました……――勝負は勝負、手加減は致しません!!」
以前武闘会でも戦った相手が今回の相手となった。少しだけ会話を交わし、お互い戦闘態勢に……レフェリーの声が上がり、対戦が始まった。
激しい殴りと蹴りの横行……隙の無い戦いに会場全体が息をのむ。先ほどまでの騒がしさが無くなり、観客たちもこの試合を目に焼き付けるように集中していた。
「グラウ様!!勝ったらイチゴのアイスクリーーーム!!!」
静寂を引き裂くようにこだましたイサネの声援。その一瞬、隙を付いてグラウがティーのみぞおちに深く重い一撃を打ち込んだ。
「ガッ……お……みごと……ぐぅっ……!」
ズゥンンッっと音を上げ、リングに沈んだ。
「……しょ、勝者!!【白銀の黒狼】グラウ!!」
再び歓声に包まれて、レフェリーに腕を上げられるグラウ……見事に勝利した。
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「……完敗です……胃液は吐いたものの血を一滴も流させない攻撃のみ……これは手加減ではない……」
「……お前も……更に強くなった……あの左フックは効いた……」
控室でイサネに傷を癒してもらいながら男同士の熱い友情的な会話をするグラウとティー。
「細かい切り傷も治りましたよ……えっと……?」
「あぁ!初めましてですね!私はティー・ガー……元近衛兵隊で……恥ずかしながら隊長を務めさせていただいてました」
「な、なるほど……だからグラウ様とお知り合いで…………元?」
まだまだ若く力もあるティー……隊長にまでなっていたというのに王都から離れた【フューサ】で闘技場の選手としているのはなぜなのか。
「……理由をお聞きしても?」
「俺も……気になる」
「はは……そうですよね……はじめは結婚を機に一度王都を離れることになったのですが……」
何故かジロリとグラウを見るイサネと、その視線に気付いて目を逸らすグラウ。
「子育ても落ち着いて王都に戻ったのが先月になるのですが……王に新しい妃候補の女性ができ……体制がその……どうも私の信条に合わず復帰はやめました……とはいえ稼ぎがないと家族が路頭に迷ってしまうので、とりあえずここで稼ぎつつ、新しい就職先を探しているというところです」
「あの魔女さん……ここでやっぱりやらかすつもりなんだ……」
「……王は……美女に弱い……簡単に術に堕ちた……」
難しい顔をしているふたりにティーは続けて、
「グラウ殿……間違っていたら申し訳なのですが……」
「……?」
「もしかして【ホワイトゾーン】の闘技場と間違えておりませんか?」
「……違う……のか……?」
【ウェスト】の王が管理する闘技場に入ったと思っていたグラウ。耳ぺしょしてイサネに申し訳なさそうにしている。
「……どぉりでレフェリーが『殴り込みだぁ!』とかなんとか言ってたわけですね……まぁ……ティーさんが言うように王都の体制が変わったということなら……いかないでよかったのかもしれない……グラウサマナイスー」
「……ごめん」
ティーにも苦笑いされつつ見送られ、闘技場の受付から賞金を受け取り……外の売店でアイスを買って食べながら……いったん宿を探すことにした。




