第67章『ヒトはそれを——』
古より連綿と続くヒトの営み。
その根底に宿る想いは、移ろえど尽きることなく——
『貴方にも知って欲しいの』
手記に綴られた文字を追うごとに、胸の中が温かく、そして瞳より雫が溢れてくるのを感じる。
先程バニラが言っていた通り、自分に対する恨み言など一言も存在していなかった。
それどころか、こちらの身を案じていたり、置き去りにしまったことへの謝罪が記されていた。
中には自分が持っているはずの力の所在についての推測が述べられてもいたが、今そこは重要ではないので頭の片隅に留めておく。
どうして急にいなくなったのか、という疑問に苛まれていたが、ここに至ってようやくその答えに辿り着いた。
——自分が、自責の念に囚われないように……
ユズリハ達の予測は何も間違っていなかった。
助けてもらった恩返しを兼ねて、良かれと思って案内した先に待ち構えていたのがヒュドラではなく全く別の魔物であったと知って、酷く後悔に苛まれたのだ。
胸が張り裂けそうになる苦しみのままに叫び出して、今度こそ自らの命を断とうと思ってしまった。
取り押さえてもらわなければどうなっていたか、今更になって恐怖が滲み出てくる。
二人を死に追いやった身で死を恐れるなんて、と自責の念も湧いて出てくるが、それは二人の求めるものではないと、手記を読んだ今なら理解出来る。
自分のこれからの幸福を願ってくれた二人の想いに応えるためにも、これ以上自らを傷付けるのは止めにしよう。
後悔はある。
別離の悲しみも、過失に対する罪悪感も拭いきれるものではない。
それでも、シロウとユズリハとの出会いを間違いだったと思うことは、絶対にあってはならない。
二人から与えられた温もりを、僅かな時間であっても築き上げてきた思い出を、なかったことにしてはいけない。
「……バニラさん」
「どうしましたの?」
手元から視線を上げることもしない呼び掛けに、バニラがそれでも優しい声音で応じてくれる。
ページを捲り、ユズリハが綴った言葉を飲み込みながら、いまだに胸の奥で引っ掛かっている問いを放つ。
「どうして、シロウさんとユズリハさんは……こんなにも魔物の自分のことを気に掛けてくれたんでしょうか?」
二人の想いが確かなものだと感じ取れたが、その根底にあるものがまだ理解出来なかった。
魔物である自分をヒトである二人が何故思い遣ってくれたのか。
自分が魔物だから理解出来ないというのなら、彼らと同じヒトであるバニラならその答えを持ち合わせていると思い、縋るような気持ちで疑問を投げ掛けた。
手記が最後のページを露わにしたと同時に、バニラから言葉が贈られてくる。
それはまるで、ユズリハが自分に語り掛けてくれる姿を想起させるような——
「貴方が魔物だとか、そうでないとかは関係ありませんわ」
疑念を一切感じさせない口調で、バニラが言葉を紡いでくれる。
「そう、なん——」
ですか? と続けることが出来なかった。
最後に遺された言葉が網膜に焼き付き、視線が釘付けとなる。
「貴方には馴染みがないでしょうが、我々ヒトは誰もがその感情を表す言葉を知っておりますの。ヒトはそれを——」
《もし許されるなら、この言葉を貴方に贈らせてちょうだい》
視覚と聴覚が同時に捉えた刺激に、今までとは比較にならない程の雫が、双眸から次々と溢れていく。
バニラが、そしてユズリハが届けてくれた言葉が全身を満たしていく。
「——愛と呼びますのよ」
《愛しているわ、ハラミ》
その日、知性はあれど魔物であるはずのハイ・ミノタウロスが愛とはなんたるか、その一端を理解したのである。
お読みいただきありがとうございます!
少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、幸いです。




