第73章『魂に刻まれたもの』
その衝動は誰のものだろうか。
見知らぬ誰か。
だけど確かに、今の私に繋がる誰か。
駆り立てる衝動に身を任せ、私は己の宿命を——
『成し遂げてみせる』
それと遭遇した瞬間、私は私に——いや、私達に課せられた使命を理解した。
助けなければならない。それこそが己の存在意義であるかのように、細胞の一つ一つが叫びを挙げているように感じられたのだ。
たとえその相手が悍ましい姿をした化け物であっても。
たとえその相手が私達に危害を加えよるような存在であっても。
たとえその相手が——私から家族を、故郷を奪い去った悪魔のようなものでも。
何故、と理性が問いを発したとしても、それを凌駕するように本能が騒ぎ立てる。
アレのために尽くさねば、と。
世代を経たとしても色褪せることのない魂に刻まれた記憶が、私を突き動かす。
孤独の身となり大陸中を旅する中で、私はアレの情報をかき集めた。
広く民衆に知られていないようだったので、アレの名前に辿り着くのにも時間が掛かった。
TOIKI——Terror Of Impossible to KILL。
古代文明の言語で“誰にも殺せぬ恐怖の象徴”と称されるその名は、現に対峙した身としては納得のいくものだった。
ただ恐ろしいだけでなく、超常のものに対する畏敬をも感じられる威容。脳裏に焼き付いた記憶を思い出す度に、身震いと共に総毛立つ。
本当に私はアレのために尽くさなければならないのか。
各地で仕入れた情報からも、TOIKIを知る者の印象は最悪と言っても過言ではなかった。
そのような存在のために行動しようとしている私は、邪悪な存在なのではないだろうか。
疑念は尽きない。
尽きないが、身体の奥底より沸き立つ衝動に押し流されるまま、私は歩みを止めなかった。
ある時、被害にあった地域の生き残りから、天啓のように感じられる話を聞くことが出来た。
TOIKIは呪われた存在である、と。
それは大切なものを奪われたが故の恨み言だったのかもしれない。
だが、私にとってそれは、暗く澱んだ疑念を晴らすのに十分な言葉だった。
実際がどうであるかは不明だが、呪いというおよそ良いイメージが沸かない単語に光明を見出した気になったのだ。
TOIKIが生粋の邪悪な存在ではなく、何者かによって呪われたのだとしたら——それに尽くそうとする私の存在意義も、全くの別物になり得るはずだ。
邪悪を為すものを支えるのではなく、アレを邪悪から救い出すために私達の生は連綿と繋げられてきたのだと、そう思いたい。
化け物の姿をしたTOIKIの本質は、また別のものである。そう信じることで、漠然と衝動に駆られていた行動も明確な目的を帯びることとなる。
情報を集め始めた頃に比べて、TOIKIを知る者が増えてきた。
情報を得易くなった反面、嫌疑の目を向けられることが増えてきた。大半はTOIKIに対して復讐心を募らせているのだろうと哀れむようなものだったが、中には私の行動を怪しむ者が出て来たのである。TOIKIを使って何か良からぬことを企てているのではないのか、という憶測が飛び交うようになってしまい、情報収集は慎重を要するはめになった。
時代の流れと共にTOIKIに対する憎悪が増しているのを感じられる。そのような状況にあっては、大っぴらに動く訳にもいかず、ほとぼりが冷めるまでは大人しくしておくべきだろう。
幸い、私には時間があった。
私という存在が人々の中から薄れていくのを待ち、再び行動を開始する。
何度もそのサイクルを繰り返し、TOIKIについての情報と呪いについての知識を深めていく。
長い年月を掛けて培ったものを起点に幾つもの仮定を打ち立て、検証を続けていく。
いつしか大陸を練り歩き情報を集める段階は過ぎ去り、私は拠点に籠り続けるようになっていた。
その頃には、私が何を目的にしているのか、何について研究を行っているのかを知る者はいなくなった。そして私も、誰かに悟られるような振る舞いをすることはなかった。
粛々と。
淡々と。
いつかアレを呪いから救い出す日を夢見て、私は私の日常を繰り返す。
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東領編、開幕! ということで、とある人物のモノローグから始めさせていただきましたが、この人物がすのぴ達とどのように関わってくるのか……続きが気になるなぁと感じていただけましたら、ブックマークやリアクション、下のポイント★1からでも良いので、反応をいただけると作者のやる気に繋がりますので、どうぞよろしくお願いいたします!




