第65章『遺された物、受け継ぐ者』
それは誰の手に届くのか。
貴方にだったらと、そんな夢想に願いを乗せて——
『任せます』
「見付けましたわ……」
思わず溢れ出た言葉に、周囲の意識がこちらへ向けられたのを感じ取る。
次いで、慌ただしく駆け寄って来る気配に圧倒されそうになるも、視線は手元の手記から逸らすことはなかった。
膨大な量の手記の中から人海戦術で探し回り、ようやく目当ての情報に辿り着いたのだ。
「よくやった! 何て書いてあるんだ?」
声に興奮を滲ませたとらから問われ、なるべく皆に見えるように手記を地面に置いて広げる。
そこに記された内容を要約して読み上げていく。
「ユズリハさんも、あの魔物の正体に辿り着いていたようですわね」
あれがヒュドラではなく、シェイプシフターが擬態していたのだと突き詰めていたのだ。
それだけでなく、
——時空穿穴についても気付いたのですのね!?
その言葉自体は知らないようだったが、シェイプシフターに大規模な損傷を与えることには成功したようである。
それにより、時空の歪みである黒い靄を露出させた、と記されている。
そこから、シェイプシフターのオドがその靄の向こう側に隠れ潜んでいると推測を立てた上で、
「これが、鍵となる術式が込められた符、ですか」
手記の間に栞のように挟まれていた符を見付けたぽーが、興味深そうに観察を始める。
ユズリハの手記に綴られた内容によれば、その符に刻まれた術式を使えば、シェイプシフターのオドを靄の中から引き摺り出せる、かもしれないというのだ。
本来オドはあらゆる生物の体内に存在するものだが、実体を持たない器官であるとされる。
それ故に物理的な干渉は行えず、ダメージを与えるためにはマナを用いた攻撃でなければならない。
そんなオドを捉えて引き摺り出すことを可能にするとは、どれだけ精巧で複雑な術式を編み上げたのだろうか。
自分では到底想像も付きそうになかった。
この部分の記述に関しては、それまでの精緻な筆跡とは異なり、かなり字体が崩れていた。
このことから、かなり衰弱していた段階での記述というのが伺える。
——術式が有効であるかの検証は、出来なかったということですわね……
ユズリハとシロウ、二人の状態を見るに、これを書き残していた時には既にシロウは絶命していたのかもしれない。
そんな中で、この手記を見付けた者へ希望を託すために筆を執り続けたのだ。
彼女には敬意の念しか浮かばない。
——きっと、大丈夫ですわ……
面識はないが、彼女がどういった人物であるかはこれまで読み漁った手記を通じて理解しているつもりだ。
とても優秀な人物だった、とこの場にいる誰もがそう感じ取っているだろう。
そんな彼女が残した術式は、きっと自分達を導いてくれると、信じたいと思えたのだ。
懸念事項があるとすれば、
「えっと、成功率を上げるためには……」
すのぴが呟いた言葉の先を、誌面から読み取り、息を呑む。
《可能な限り成功率を上げるためには、膨大なマナ出力を持つものが適任である》
並大抵の者では成功確率は低い、ということだろう。
「……こちらのパーティーだと、ルシウスが辛うじて、といったところですかね」
こちらが何か言う前にローウェンが仲間の耳長族を紹介してくれる。
絵画の世界から現れたかのような整った容姿の青年が、だろうな、と高圧的とも感じられるように吐き捨てる。
「——だが、私は完全な後衛職だ。腹立たしいが、その符を発動させることは叶わんだろうよ」
そう言って、手記の一点を指差してみせた。
《発動条件としては、黒い靄に限りなく近い体表に符を貼り付けて——》
つまり、ギリギリまであの強大な存在に接近しなくてはならないということである。
この書き方では、先端となる頭部や尾に付けても効果は期待出来ないと見るべきだろう。
「そうなると……」
視線を這わせ、こちらのメンバーを窺い見る。
自己評価では自分がメンバー内で一番マナ出力が低いと感じているので、自分以外の誰かであればそれなりに成功率はありそうだが、
「気に食わないけど、一番可能性が高いのは……アレにやらせることでしょ?」
心底嫌そうに眉間に皺を寄せたレインが、不機嫌さを隠そうともせずに、意識を取り戻さないでいるハラミへと目を向ける。
「それはそうですけども……」
レインの言う通りではあるのだが、先の一文へもう一度視線を這わせて——
「出来ると、思いますの?」
「……………………全員で援護すりゃ何とか、なる、か?」
絞り出すようなとらの言葉が尻すぼみの疑問系で結ばれる。
ローウェン達も手記を読んだことで理解しているだろうが、実際のハラミを知る身としたら、可能性が下がったとしても他の誰かに託すべきではないだろうか、というのが正直な意見である。
術式の成功確率が最も高かったとしても、シェイプシフターの懐に潜れる可能性が最も低いのでは意味がないのだ。
「では、次に可能性が高いとすれば——」
「バニラさん」
言葉の途中で、すのぴから名を呼ばれる。
何事かと顔を向けると、すのぴはこちらとは異なる方向に顔を向けていた。
その呼吸が浅く、速まっているのは、疲弊が原因——ではない。
すのぴの視線は、激しい警戒に染まっており、
「話し合ってる暇は、ないみたい」
言い終わった直後、彼の視線の先にある岩陰からゆらりと陽炎のような姿が現れた。
二足歩行のヒトの形をしており、しかし頭部は異形の牛頭。
見知ったその姿を表する名は——
「ミノタウロス、ですの!?」
もしやハラミの仲間か、という思考はすぐさま打ち消される。
まるで生気を感じさせない亡霊のような立ち姿が震えたかと思うと、およそヒトの形をした生命体とは思えない動きを見せ始めた。
全身の至る所を不気味に鳴動させ、その体積を爆発的に膨張させていく。
やがて、九つの首を持つ大蛇へと変貌を遂げた存在を自分達は知っている。
「身体を小さくして追って来ましたのね!?」
ヒュドラの姿ではこちらが逃げ込んだ通路は狭過ぎるので、ヒト型に変異してこちらの痕跡を辿って来たのだ。
通路の入り口を一時的に封じたことで多少の時間を稼げると思ったが、こうも早くに追い付かれるとは想定外だった。
「まったく、もう少しゆっくり来てくださってもよろしかったのに」
などと軽口を叩いてみるが、態勢が整っていない状況でアレを迎え撃つのは分が悪いにも程がある。
誰が術式を発動させるのか、そのことに思考を割いていると、
「ぽーはハラミを守れ! その間にバニラとすのぴ、お前はアイツに呼び掛け続けろ!」
とらが澱みなく指示を飛ばすのを聞いて、その意図が本気なのかと問い質していた。
「とらさん!? まさか、ハラミさんに託すつもりですの!?」
「どうにか出来る可能性が一番高いならそれに賭けるさ」
そう語るとらの横顔は真剣そのもので、彼の中ではそれが最善策であるのだと物語っていた。
「とらさん、僕も……戦うよ」
「本調子じゃねぇだろうが」
すのぴからの申し出をとらが切り捨てる。
それに、と言葉を続け、
「アイツに、伝えたいことがあるんじゃねぇのか?」
「それは……」
言い淀むすのぴの頭を、ポンと一撫でした後、
「こっちのことは任せろ」
直後、とらが駆け出す。
とらの視線が、一瞬だけこちらに向けられる。
そっちは任せた。
言葉はなくとも汲み取れた信頼に、思わず息を吞む。
「お二人とも、こちらへ」
ぽーがマナを繰り、防護結界を展開しようとしているのを見て、
「あぁ、もう! 仕方ありませんわね!」
こちらを信じて託したというのであれば、騎士としてその信頼を裏切るわけにはいかない。
迷い、立ち竦んでいたすのぴの腕を引き、ぽーの背後で横たわるハラミの元へと駆け付ける。
駆ける背中を振り返り、轟音が渦巻く戦場に届けと、声を張り上げた。
「任されましたわ!!」
お読みいただきありがとうございます!
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