プロローグⅦ『騎士と依頼請負人』◆
誓いを胸に歩く者。
過去を背負い歩く者。
進む理由は違えど、
足跡は同じ道へと重なっていく。
『聞いてもいいですか?』
露出した岩肌が発光し、歩みを助けてくれている。
一本道の回廊が、どこまでも続く。
深淵領域の中であるにも関わらず魔物の気配はない。
歩みが止まることもなかった。
会話らしい会話もないままおよそ三時間ほど歩き続けたところ、開けた空間へと到着したので一息付くこととなった。
男が背負っていた鞘だったものを下ろし、身動ぎ一つせずに包まれていた存在を横たわらせる。
すると、鞘だったものが自然と解け、桃色の体躯を解放する。
かぷこーんは適当な岩に腰を下ろし、
「TOIKIは、あれで倒せたわけじゃないですよね……?」
道中気になったことを男へと投げかける。
男は懐に忍ばせていたボックスと呼ばれる収納型魔道具——簡単に言えば携帯倉庫から水嚢を取り出し喉を潤すと、
「あれで倒した、ってのは楽観が過ぎるな」
だからこうしてここまで急いできたのだ。
——あれで倒せるようなら災害級の魔物とは言われない、か……
「まぁ、この辺は魔鉱石で覆われているからな。濃すぎるマナが阻害してくれるおかげで、こいつのマナを補足するのは難しいはずだ」
男が静かな呼吸を繰り返すワンダーラビットを示し、そう補足してくる。
体内に取り込まれたマナは、個々の波形を帯びる。
感知能力の高い者なら遠くからでも分かる。
だが、この回廊は違う。
魔鉱石のマナがそれをかき乱していた。
——だと良いんですが……
言い知れぬ不安が過ぎるが、言葉にするのも憚られて、かぷこーんは頭を振る。
「ところで……」
話題を切り替えようと、もう一つ気になっていたことを指摘する。
未だ意識を取り戻さないワンダーラビットに視線を送り、
「何か着せてあげましょうか」
「……あ」
とらの視線が、桃色の体躯で止まった。
獣人特有の体毛に覆われた体であるが、今の”彼”は何も身に着けていない状態である。
同性ではあるが流石に忍びない。
騎士として守るべき存在と定めた相手をこのまま放っておくのも気が引けた。
◆
「聞いてもいいですか?」
移動を再開してしばらくした頃、後ろを歩くかぷこーんから声を掛けられる。
なんだ、と先を促してやると、青年が少しの間を置いて、
「ギルドの英雄、とらさん……ですよね? 何故こんなところに一人で?」
「英雄ってのはよしてくれ」
それに一人なのはお前もだろう、と即座に返しそうになるがそれを抑えて、逆に質問を投げ返す。
「それは……仲間も連れずにTOIKIの討伐に来たのか、ってことか?」
「ええ。ギルドの案件であれば、あれだけの相手に対して一人で事に当たるとは思えません。近くに仲間の方がいたようには見えませんでしたので、あなた個人がTOIKIを狙っていたと考えたのですが」
危急の状況でよく観察していたと感嘆の息が漏れる。
——正騎士の名は伊達じゃないってことか……
振り返り、その相貌を観察する。
まだあどけなさを残した整った顔立ちからは、疑念に満ちた眼差しは向けられていなかった。
純粋に気になったから聞いたといった様子が伺える。
かぷこーんのその態度に毒気を抜かれたとらは、嘆息交じりに言葉を紡いだ。
「よくある話だ……俺の故郷はあいつに滅ぼされたんだ」
笑える話だ。
今でもふとしたきっかけで、その時の光景を思い出してしまう。
焼け焦げた肉と鮮血の臭い。
立ち込める黒煙の中から姿を現した異形の存在が、こちらを飲み込もうと口を広げて迫りくる。
その後、どうして自分が生き残ったのか——理由は分からない。
「その後の記憶がなくて……気付いたら三年近く経っちまっててな。ギルドに保護されてからはそのまま世話になって、今日まで食い繋いできたってわけだ」
ぽっかりと空いた記憶の空白から目を逸らすように必死に生きてきた。
最初は生きるために無我夢中だったが、今では依頼請負人としての仕事にやりがいを感じているのも確かだ。
だが、ふとした瞬間に脳裏を焼き付いた光景が心を蝕み、全てを失った力のないあの頃へと引き戻される。
だから、
「復讐、ってのもあるが……それ以上に、弱かったあの頃の自分との決別のためだな」
だからこそ、TOIKIを討つのは自分でありたい。
そして——あれを相手に尻込みしない戦士など、そう多くはない。
だから俺は、単独で動いている。
「では、組織というのは?」
「しっかり覚えてやがったか……」
だが、こちらの勘違いで濡れ衣を着せられた身としては気になるところではあるのだろう。
かぷこーんからは特に非難めいたものを感じなかったが、謝罪の意も兼ねて自身が知りうる情報を開示する。
「組織ってのは、俺がTOIKIを追う上で見つけた連中でな。詳しいことは分からねぇが、TOIKIの力を使って……新世界? ってやつを作ろうとしてる胡乱な奴らだ」
「新世界、ですか……」
聞かされたかぷこーんも呆気にとられた様子で目を丸くしている。
TOIKIを狙うこちらの前に幾度となく現れては妨害し、最近では民間人を巻き込むようなテロまがいな動きも見せている。
ギルドとしても危険な集団として注意が呼びかけられているほどである。
個人的にも、鬱陶しい連中だ。
「それで、そっちはどうなんだ?」
「どう、とは?」
話の流れが途切れた所で、今度はこちらが問い掛ける。
すると、かぷこーんが面食らった様子で聞き返してくる。
「こっちのことを話したんだ。そっちも話してくれても良いんじゃねぇか? 例えば」
かぷこーんの懐を指差し、
「あのソフトクリームみたいなもんについて、とかな」
「それは……」
かぷこーんが言い淀むのを見て、こちらが勘違いで襲い掛かった際に見せられたそれが、何か特別な物であると確信する。
——正直な奴だな……
人には言えない何かであるなら、表情や態度を取り繕って誤魔化すことも必要だろう。
だが、目の前の彼にはそんな思考すら浮かんではいないのだろう。
良く言えば実直。
だが、あまりにも世慣れしていないように見える。
腹芸とか謀とは縁遠いタイプだ。
そうでなければ、狙われているかもしれない相手に不用意に見せたりはしないだろう。
——腕は確かなんだがな……
今日知り合ったばかりの相手だが、その先行きに不安を覚えてしまい、つい口から助言の言葉が出てしまう。
「人には言えないようもんなら、もうちょっと気を付けな。流石に、顔に出過ぎだと思うぜ」
「え……」
言われ、顔に手を当てるかぷこーんを尻目に、やれやれと肩を竦める。
「さっきの質問は忘れてくれ。下手に知っちまうと碌でもないことに巻き込まれそうな気がするしな」
「……そう言ってもらえると、助かります」
目に見えて安堵するかぷこーんを見て、こちらも深入りせずに正解だったと感じる。
必要であれば依頼請負人として力になることも吝かではない。
しかし、ギルドと西領諸国の関係を考えると無理に干渉しない方が得策だろう。
——ソフトクリームなんて気の抜けた見た目だが、相当ヤバいもんかもな……
古代遺物かあるいは政争の道具か。
取り留めもない想像が浮かんでくるが頭を振って思考を追い払っていく。
「さてと、先を急ぐぞ」
「はい!」
呼び掛けにかぷこーんも歩調を速めていく。
延々と続く地下回廊に、二人の足音が響いていった。
だが、その静寂は長くは続かなかった。
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