表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/113

第42章『温かな記憶に過ぎる影』

 過ぎ去りし情景は温かで。

 されど、不安の影が差す。

 彼らの心情が読み取れぬが故に——

『信じていたい』

「そうねぇ~、ハイランクのミノタウロスだから……ハラミ、という名前はどうかしら?」


 優しく呼び掛けてくる声が聞こえる。


 朧気な意識が、その声に応じるかのように輪郭をはっきりとさせていく。

 外部からの刺激を受け取り、視覚が像を結び始める。


 魔鉱石が放つ淡い光を纏った女性と目が合う。


 彼女は目尻を下げて、柔らかな笑みを浮かべる。

 こちらを覗き込むように首を傾けると、艶のある黒髪が動きに合わせてしな垂れる。


「気に入ってくれたかな?」

「ユズリハよ……流石にその名は拙くはござらんか?」

「えぇ~そうかしら?」


 間延びした声で不満を露わにする女性の背後で、髪を結い上げた男性が困惑の表情を浮かべていた。

 男性が視線を泳がせているのを無視して、女性がこちらに意見を求めてくる。


「シロウさんはああ言ってるけど……君はどう思う?」

「えっと……」


 訊ねられても、どう答えれば良いのか分からなかった。


 種族を表すのとは別に、個体を識別するための名。


 ヒトの言葉を話せるようになった頃から、いつの間にか持ち合わせていた知識のお陰で、名前が持つ役割がどういったものなのかは理解出来ていた。

 ただ、自分にそれが付けられるとは思ってもいなかったし、ハラミという名にどう思うかと聞かれても、それを判断するための基準が存在しないのだ。


「どうって……」

「………………」


 答えが浮かばずしどろもどろになっていると、無言の圧力が増してくるのを感じた。

 直感的に思い浮かんだ感想を、恐る恐る言葉にする。


「い、良い名前、だと……思います」

「ほらぁ! シロウさん、聞いた!?」


 女性が満面の笑みを浮かべ、その輝きを見せつけるように男性へと顔を振り向ける。

 男性がやれやれといった様子で溜め息を零していたが、女性は気にすることなくこちらへと手を差し伸ばしてくる。

 その手をまじまじと眺めていると、


「ん!」


 女性が更に突き出してくるので、恐る恐るその手を握ろうとして——












『この化け物が』


 腕が弾け飛んだと思う勢いで、伸ばした手が払われた。



「——ッ!!?」


 強烈な光景に息を詰まらせていると、目の前光景が切り替わるのを感じた。


 魔鉱石が仄かに照らす迷宮区画であることに変わりはなかったが、視線が天井を捉えていることに気付くのにそう時間は掛からなかった。

 仰向けの姿勢で意識を閉ざし——夢を見ていた。

 上位個体となるまでは見たことがなかったものに心が掻き乱され、息苦しさを覚える。


 ——と言っても、それまでの記憶は曖昧ですが……


 思考や回顧などそれまでしていなかったはずなのに、存在としての階位が上がった途端、当然のように行っていることに不可解さを覚えたが、それ以上に苛むのが、


 ——怖い……


 ただの魔物の頃にも、自分より強大な相手に対して畏怖を覚え、争いを避けていたはずである。

 それが上位個体となった途端に感覚が強烈となり、戦い——傷付くことに恐怖するようになっていた。

 そして、誰かに拒絶されることも同様に、怖かった。


 先程見てしまった夢の光景は、自分を助けてくれた二人——シロウとユズリハとの出会いの記憶だった。

 唯一違うのが、ユズリハの手を取った後、彼女は満面の笑みを浮かべて、


『よろしくね、ハラミくん!』


 そう言って、自分を受け入れてくれたはずだった。

 だが、夢で見たのは蔑みの視線を湛えた、明確な拒絶であった。


 二人と過ごした時間の中で、そんなことは一度としてなかった。

 それなのに、あんな夢を見てしまった理由は、


 ——二人がどこかに行ってしまったから……


 ヒュドラと攻防を幾度も繰り返していた二人は、日に日に消耗していくばかりだった。

 それでも自分に向ける表情は穏やかなもので、今でも大事にされていたのだと思う。


 だからこそ、突然二人がいなくなったことに戸惑いを隠さなかった。


 どうして。

 ただ、それだけが頭の中を駆け巡り、二人を探す為に迷宮区画を彷徨い続けた。


 二人のマナは薄く、迷宮区画内では魔鉱石の光に紛れて追えなかった。

 だから、ヒュドラの強大な気配を辿るしかなかった。


 二人を見つけ出してどうしたいのか。

 自分を見捨てて、どこかへと行方をくらませたのかもしれないのに。


 それでも——二人の口から理由を聞きたい。


 もしかしたら何か理由があったのではないか。

 そんな希望的観測が、途切れてしまいそうな気持ちを繋ぎ止めてくれている。


 微かな希望だけを頼りに、二人を探し求め続ける。

 

 ——だけど……


 もし本当に用済みと見捨てられたのだとしたら、その時自分はどうするのだろうか。


 分からない。

 分からないし、考えたくもなかった。


 こんな風に誰かからの拒絶を恐れるようになるくらいなら、上位存在になりたくなどなかった。

 自身の意思でなった訳ではないので、そのような運命の差配を恨めしく思う。

 ただ、今の自分でなければシロウとユズリハに出会うこともなく——そのジレンマに胸が締め付けられる。


「大丈夫?」

「ヴモ……?」


 胸の苦しみに抗っていると、こちらを覗き込む緋い瞳と目があった。

 自分のものと似た色を持つすのぴが、心配の声音で伺ってくる。


「うなされてたみたいだけど……」

「嫌な——そう、嫌な夢を見てしまったみたいです」


 上半身を起こし、大丈夫であると告げたが、すのぴの眉尻は余計に下がり、まるで悲しんでいるかのような表情であった。

 何故彼がそのように顔を歪ませているのか疑問だったが、すぐにその答えを知らされる。


「でも、ハラミさん……泣いているんだよ」


 ◆


 それはハラミが同行するようになって三日後の野営中、とらと二人で夜の見張りをしていた時に起こった。

 他の皆が寝静まった中、ぽーが張り巡らせた結界や光源の術にマナを継ぎ足して持続時間を延ばしていると、ハラミの呻く声が聞こえてきた。

 夢にうなされているのかと心配になり、顔を覗き込んで見ると、どうやら目を覚ましていたようだった。

 だが、その頬が涙で濡れているのを見て、只事ではないと感じて声を掛けたのだが、


「嫌な夢を見ただけです。それだけなので——大丈夫です」


 取り繕う、というよりは自分の状態を理解していない様子に心配が膨れ上がっていく。

 こちらの指摘でようやく涙を溢していることに気付いたハラミが見るからに狼狽していく。


「えっと、これは、その……」


 言葉を詰まらせ、視線を泳がせるハラミの表情は体毛のせいで判然としないが、人族であれば酷く青ざめていただろう。

 とら達はハラミの表情の変化をよく分からないと言っていたが、自分はそうではなかった。

 ワンダーラビットが兎人族から枝分かれした種族であり、ミノタウロスが牛人族に酷似していることが重なっていることからか、すのぴにとってハラミの表情を読み取ることは容易であった。

 だからだろうか。

 心を擦り減らしているハラミを少しでも楽にしてあげたいと思い、自然と言葉が口をついて出ていた。


「話、聞かせてもらえますか?」

「え……」


 思ってもいなかったことのようで、ハラミが目を丸くしている。

 だが、今のハラミには心中を吐露することが必要だと感じたのだ。知らず知らずのうちに溜め込んでしまった不安や恐怖といったものを吐き出さなければ、その重みに押し潰されてしまうのではないかと思われた。


 なるべく無理強いにならないようにと、語調を落ち着かせて語り掛ける。


「ハラミさんが今思ってることとか、言葉にすれば少しは気持ちが楽になるかな、って」

「それ、は……」


 言い淀むハラミを見て、踏み込み過ぎたかと思ったが、意を決したようで重い口を開いていく。


「聞いて、もらえますか?」


 その目に宿る不安は、今にも取り残されてしまいそうな幼子のそれに見えて——


「うん……もちろん」


 すのぴは、安心させるようにそっと頷いた。

 お読みいただきありがとうございます! 


 少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ