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第43章『出会いの記憶』

 始まりはいつも突然で、意図することなく動き出す。

 それを運命と呼ぶのか、ただの偶然と呼ぶのか——

『よろしくね』

 それまではただのミノタウロスとして、ただ本能のままに行動する魔物でしかなかったはずです。


 気が付いた時には、自分は既に今の形になっていました。

 考え、言葉を扱い、そして——知らないはずの知識を持っていたのです。


 迷宮区画内にいるだけでは知りようもない外の世界も、以前から知っていたかのように錯覚するほどでした。

 暫くはその情報量に翻弄されてしまい、何も分からないまま、ただ彷徨い続けていました。


 出会した魔物のほとんどは自分が保有するマナの量を恐れてか、こちらに危害を加えるようなことはありませんでした。

 それでも気性が荒い種に関しては、縄張りを荒らした相手として敵意を向けられてしまいました。


 戦うことは……怖くて出来ませんでした。

 初めて襲い掛かられた時には既に、本能が恐怖を感じ取っていたのだと思います。


 懸命に逃げて、逃げて、逃げ続けました。


 どうして自分がこんな目に遭わないといけないのか、そうやって運命を呪っていた時期もありました。


 そんな日々が続き——いつの間にか、逃げることが当たり前のようになっていました。



「あー……ちょっと良いか?」

「ヴモ? 何でしょうか?」


 すのぴととらの三人で光源の術を囲み、これまでのことを語っていると、とらから声が掛かった。


「逃げ続けて来たって話だが、マナの補給はどうしてたんだ?」


 魔物はマナによってその存在を維持している。


 活動する中で体内のマナは消費され、他の生物を捕食することで補われる。

 大気中のマナを常時取り込んでいるのだが、それだけでは効率が悪い。

 

 他からの補給がなければ目減りしていくだけである。


 確かにその理屈で言えば、自分はマナを消耗する一方でこうして生きているのにもいずれ限界が訪れると思われたのだろう。

 だが、上位個体としてマナの保有量が通常の種よりも豊富であることに加えて、逃げることに専念していたので戦闘でマナを消費することもなかった。

 更には、


「上位個体となると、魔鉱石を摂取した際の吸収効率が格段に上がるようで、それで生き長らえて来たのです」

「魔鉱石って食べれるんだ!?」

「いや普通は食うもんじゃねぇけどな……」


 すのぴととらが目を剥いて驚いている。

 論より証拠ということで手近な魔鉱石を掘り出して、一口サイズに砕いて丸呑みしてみる。


 咀嚼することなく臓腑に取り込まれた魔鉱石からマナが滲み出てくるのを感じられる。

 じんわりとした熱を帯びたような感覚と共に全身に力が漲って来るのが分かる。


 身体の奥から活力が満ちてくるのを感じていると、


「上位個体がつくづく規格外ってことは分かったよ」


 とらがやれやれといった様子で零していた。


「っと、話の腰を折って悪かったな……続けてくれ」

「いえいえ、お気になさらないでください」


 気になることがあれば随時訊いて欲しい旨を伝えて、話を再開する。



 どれほどの時間を彷徨い続けて来たかも分からなくなっていた頃のことです。


 最早日常茶飯事にもなっていた魔物からの逃走劇の最中、遂に追い詰められてしまう事態になってしまいました。

 成人した人族程の巨体を持つ蜘蛛型魔物の群に囲われてしまい、逃げ場はもうどこにもありませんでした。

 ここまでかと恐怖で蹲ってしまっていると、


「符術・聖護の陣!」


 女性の、透き通った滑らかな声が響いたかと思うと、周囲が青白い光に照らされていました。


 蹲っていた視界の端が光を捉え、何事かと顔を上げると、いつの間にか自分の四方に何らかの文字が印された長方形の紙が浮かんでいました。

 その紙から放たれたマナが光の膜を生み出し、蜘蛛型魔物を押し留めていたのです。


 何が起こっているのか分からずに辺りを見回していると、魔物達の囲いの外から勇ましい雄叫びが上がり、


「まかり通らせてもらうでござる——焔薙(ほむらな)ぎ!!」


 押し寄せた魔物達の塊を払い除けるように、紅蓮の炎が幾度となく煌めきました。


 猛々しくも温かさを感じさせる流炎に目を奪われていると、気付いた頃には魔物達は方々に逃げて散っていました。

 残っていたのは——ただ、息をすることすら忘れて呆然とする自分と。


「怪我はないでござるか?」

「もう大丈夫だから、安心してね」


 東領の海に点在する島国の民族衣装に身を包んだ男女が屈み込み、こちらの身を案じるように覗き込んでくる。


「あなた、たちは……?」


 どうにか言葉を発し——ヒトに対しては初の発声だったが、上手く言葉に出来ていたようで、こちらの問い掛けに二人は微笑み、


「申し遅れたでござるな——(それがし)はシロウ。そして、」

「ユズリハよ、よろしくね」


 それが、二人との出会いで——ひと月程の旅の始まりでした。

 お読みいただきありがとうございます! 


 少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、幸いです。

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