第41章『冷たい視線』◆
認めたくない。
受け入れたくない。
だけど、その光景は確かにそこにある——
『信じられない』
「とりあえず、ハラミさんにはこの術を掛けておきましょうか」
そう言って、ぽーが手早く詠唱を済ませてると、薄らと青白い光がハラミの姿を覆っていく。
ロックバイソンとの遭遇場所から少し移動したところで、一行は壁面の亀裂を見つけ、その内部の安全を確認した上で、そこを本日の野営地へと定めた。
各々が野営の準備を進める中、ぽーの提案により、とある魔法がハラミに施されていく。
「ヴモ? これは何ですか?」
「他者からマナの波長を認識させない、隠匿の魔法ですよ」
まじまじと自身の手足を眺めるハラミに、ぽーが教鞭を振るう講師さながらに解説し始める。
「今のままでは探知能力が高い魔物に狙われやすいですからね」
魔物はマナを糧にその存在を確立させている。
マナの保有量が高ければそれだけ戦闘力の高さに繋がるのだが、ハラミが争いを嫌う性格のため、格下相手の魔物に対しても怯えてしまう始末であった。
それに気付いた相手にしてみれば、上位個体という上質で豊富なご馳走が目の前にあるのも同然である。
先程のロックバイソンの群れがそうであったように、我先にと襲い掛かってくるのは目に見えていた。
「そういや、すのぴは魔物達に特別狙われやすいとかはないよな」
「言われてみればそうですわね」
ワンダーラビットは無限にも等しいマナを有しているとされている。
現にTOIKIがすのぴを取り込んでいたのはそれが理由であろうが、他の魔物が彼を執拗に狙ってくるということはなかった。
「それなんだけど、僕のオドが特殊なのが原因みたいなんだ」
すのぴがどこか気恥ずかしそうに頬を掻きながら、ぽーへと視線を送っている。
それに気付いたぽーが、一つ咳払い。
「関所までの道すがら、すのぴさんの身体を調べさせてもらったところ、彼のオドが異空間とも呼べる場所に繋がっていることが分かりまして」
ぽーの口調に次第に熱が帯びていく。
それを聞いていたとら達も興味深そうに耳を傾けて、目で続きを促していた。
「一部の才能ある方を除けば、大半のヒトは他者の体内にあるマナについてはほとんど知覚出来ません。ここは皆さんもご存知ですよね?」
「そうだな……戦技や魔法を使おうと活性化させない限りは認識出来ないよな」
「そうです。ですが魔物の中にはマナの探知能力が高い種もいて、遠く離れた場所からでも相手を知覚することが可能なのです」
上位個体のハラミはマナの保有量が通常のミノタウロスを凌駕している。
そのため、他の魔物に狙われないようぽーが魔法を施したのである。
では何故、すのぴは魔物達を引き寄せないのかと言うと、
「すのぴさんのオドがマナに満ちた空間に接続されていて、そこからマナを抽出しているようなんです」
「……その空間がどこに存在するのか、ってのは分かってんのか?」
半信半疑の様子でとらが問い掛けると、ぽーは残念ながら、と首を横に振る。
「つまり……そこからマナを引っ張り出さない限りは魔物の探知能力に引っ掛からない、ということですの?」
ぽーの説明を自分なりに噛み砕いたバニラが確認のために問い掛けると、ぽーがまだ推測の域ですがと前置きを挟む。
「現状、魔物に群がられていない以上、そういうことなのかもしれません」
「ぅもー……確かにすのぴさんのマナ量は、他の人とそう差はないように感じますね」
ぽーの説明を受けて、ハラミがすのぴのことをまじまじと眺めて、鷹揚に頷いてみせる。
人造巨人との戦いで見せた並外れたマナは、話にあった異空間から引き出した結果に因るもので、平常時は人並みのマナしか発していない、ということなのだろう。
「でも、TOIKIは執拗に僕を狙ってきてたんだよね……」
ぽーの推測が正しいのであれば、TOIKIが自分を狙い続けたのはどういった理由なのか。
腑に落ちないといった様子ですのぴが呟く。
「ワンダーラビットとしての特性であるなら、TOIKIはそのことを理解していたのでしょうね」
そこからマナを抽出する方法も、とぽーが続けるとすのぴが表情を強張らせてTOIKIに対する畏怖を思い起こしているようだった。
◆
「マナを際限なく引き出せても、コントロールを覚え込まねぇと暴発する可能性があるってことだよな」
「そうですね——」
野営の準備が完了した後、ハラミやすのぴのことについて話に花を咲かせていた。
レインだけはその輪に加わらず、遠巻きに眺めていた。
その視線は、温度を感じさせない程に冷ややかであった。
ある程度のメリットがあると感じたからこそ、魔物であるハラミの同行を許容していたのだが、彼等のように積極的に言葉を交わそうとは思えなかったのだ。
——魔物なんて、人に害を為すだけの存在だと言うのに……
積極的に人を襲わない種も皆無ではないが、そんなのはごく僅かしか観測されていない。
自分からしてみれば、大抵の魔物は歯牙にも掛からない存在でもある。
だが、他の者からすればその限りではない。
種として対立している筈の存在と心を通わせる。
そんな、あり得べからざる状況を前に、胸の奥でざわりとした不快感が広がる。
——あの頃の僕は、もう……
伸ばした手の先で、何も掴めなかった感触が蘇る。
脳裏に焼き付いて消えることのない光景が想起される。
それに囚われたそうになる弱い自分を唾棄するよう、長い息を吐き出す。
心を乱すな、平静を保て。
内心でそう言い聞かせ、すのぴ達に注いでいた視線を逸らす。
賑やかに談笑している彼等に——その距離が、埋まることはなかった。
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