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プロローグⅤ『再生する厄災』◆

 荒野を裂く風の中、三つの影が駆ける。

 一つは希望。

 一つは護り手。

 そして一つは——

『全てを喰らう厄災』

 魔物。

 それは人族や、犬人族(けんじんぞく)猫人族(びょうじんぞく)、兎人族といった亜人達とは異なり、マナだけで生命活動を維持する存在を指す。

 温厚な種であれば大気中のマナを摂取するだけで周囲に危害を与えることはない。

 しかし、そのような存在は極めて稀少であり、魔物と称される多くは周囲の生物を喰らい、その内包するマナを吸収することでより強い種へと成長しようとしている。


『魔物の生態とその特性について/著者:ぽー』より抜粋——



 風が吹き荒れていた。

 寂寥とした荒野の岩肌を削り、鬱蒼とした木々の枝葉を散らしながら、三つの影が交差を繰り返しながら駆け抜けていく。


 一つはただひたすらに前進することに専念していた。

 もう一つがそれを護衛するように迫る最後の影を弾き飛ばして軌道をずらしている。


 スピードでは最後の巨体が勝っているが、追い縋る度に護衛の存在に進路を逸らされ、徐々に苛立ちとも焦りとも取れる気配が感じられるようになってくる。


「ーーーーーーーー!!」


 敵意や殺意を孕んだ咆哮が耳朶を打つ。

 全身を襲う振動に死の恐怖が呼び起こされる。


 肺が焼ける。


 吸い込む空気が痛い。


 それでも足を止めることは出来ない。


 全身に纏わりつく死の気配を振り払うために、大地を蹴る。


 視線を背後に向ける。


 そこには、幾度となく剣戟を浴びせた存在。

 しかし傷一つない姿でこちらへと再度差し迫ってくる。


 ——再生が速過ぎる!


 かぷこーんが奥歯を噛み締める。

 男がTOIKIのマナが少なくなっていると語っていたが、なおも膨大なマナが威圧感として放たれてくる。


 どれだけ斬り付けても、削れている実感が湧かない。


 大見得を切った手前、相手に背を向けている現状のなんと情けないことか。

 だが、今は己の未熟さに嘆いている場合ではない。


 幾度となく切り結んだところで相手に刻んだ傷は瞬く間に修復されてしまう。

 肉が湧き上がってくる、としか表現出来ない光景の異様さに怖気が走る。

 身を竦ませる感覚を抑え込み、今は先行する男に促されるまま逃走を続ける。


 ——このままでは、向こうよりこちらの体力が先に尽きてしまう……!


 5メートルはゆうに超える巨大な影——TOIKIが左後方から迫り来るのを感じ、得物の騎士剣を下段に構える。


 接触まで猶予が僅かにあったが、膨らむ殺気を察知し、振り向きざまに逆袈裟斬りを放つ。

 直感頼りの一撃はしかし、TOIKIが伸ばしてきた舌を切り裂き、追従の速度を鈍らせた。


 マナを含んだ魔血が周囲の景色を染め上げていくが、それすらも瞬きの内に修復される。


 流れる汗を払う暇もなく、かぷこーんが先行する男に問い掛ける。


「なにか策があるんですよね!?」

「当たり前だ! 黙って付いてこい!」


 男が振り返ることなく言葉を送ってくる。

 背後で、大地が砕ける音がした。


 男の手には漆黒の刀身を持つ大剣が握られており、背には武器を収めていた鞘が背負われている。

 鞘はどういった原理か、その形状を変化させて、桃色の体毛を纏った存在を包み込んでいた。


 駆ける動きに淀みはなく、まるで手にした大剣や背負う存在の重さなど感じていないかのようだった。


 ——見た目以上に筋力があるのか、あるいはマナの出力が……いや、それとも……


 鍛え抜かれた双腕を見て想像を巡らせる。

 しかし、5メートルの巨体がこちらを追い越す、あるいは押し潰そうと跳躍する姿が視界を過ぎる。


 直ぐさま相手の進路を塞ぐように身体を割り込ませる。


 体内のマナに意識を向ける。

 駆け巡る奔流を、手にした刀身に纏わせる。


 こちらの意のままに操作されたマナは、やがて翡翠を彷彿とさせる輝きを放ち始める。

 緑光が深淵を引き裂き、周囲の大気を巻き込み吹き荒ぶ。


 風の型——風刃乱舞。


 一振りのもと放たれた無数の鎌鼬が相手の頭部を覆い尽くして裂傷を刻んでいく。


「ーーーーーーーー!?」


 魔血に含まれたマナが淡い白光と散り、悶絶の悲鳴が上がる。


 だが——裂かれた頭部を再生させながら、TOIKIの視線がこちらを捉える。


 怒りでも、苦痛でもない。


 観察。


 こちらの攻撃を理解しようとしている目だった。


「こいつも受け取れ!」


 空中で体勢を崩したTOIKIへと、前を走っていたはずの男が追撃を掛けに転進してきた。


 男が持つ漆黒の大剣が茶褐色のマナを帯び始める。


 鈍重な——圧迫感のある輝きが奔る。


「金剛砕破ッ!!」


 四大属性である地の力が込められた極厚の斬撃——最早打撃と呼べる一閃がTOIKIの頭上へと叩き込まれた。


 威力重視のその攻撃は、TOIKIの頭部を陥没させた。


 轟音と共に、巨体が地面へと叩きつけられる。


 沈黙。


 吹き荒れていた風が、一瞬だけ止まったように感じられた。


「今のうちだ!」


 男はTOIKIの様子を確認する間も惜しんで、再び全身で風を切り始めた。

 置いていかれないように自分も身を翻す。


 視界の端で、陥没していた頭部の骨が音を立てて戻っていく。


 その視線が一瞬だけ、かぷこーんへと向けられた。


 値踏みするような視線を宿し、口角が不気味に吊り上がる。


 ——笑っている……?


 そう思った瞬間、背筋を氷水で撫でられたような悪寒が走った。


 恐らく、男の狙いは相手のマナ切れなのだろう。


 魔物の生命活動はマナによって維持されている。

 通常の生物と同様に傷を負えば血が流れるが、魔物はマナさえあれば傷を修復させることが出来る。


 裏を返せば、体内のマナを枯渇させてしまえば、その命が尽きることとなる。


 つまり、削り続ければいずれその命に終止符を打てる。


 ——理屈の上では、ですが……


「マナの供給源を引き剥がしても、そう簡単にはいかねぇか!」


 男が舌打ちまじりに悪態をつく。


 マナの供給源と言われ、ワンダーラビットへと意識が向く。


 ——伝承通りなら、無限のマナを持つ存在、でしたか……


 TOIKIが桃毛の存在に執着する理由は、生命維持に必要な膨大なマナなのだろうか。


 不意の悪寒が肌をざわつかせる。

 TOIKIの視線は、桃毛だけを捉えているのだろうか。


 意識が懐のボックス内へと収納した物に向かう。


 それを奪われることだけはあってはならない。

 王の信頼に背くわけにはいかないのだ。


 だが、この窮地においてその信念を固持出来るのか。

 

 不安を飲み込む。

 今はただ、この逃走劇を無事に生き残ることだけに集中しなくては——

 お読みいただきありがとうございます! 


 少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、幸いです。

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