第23章『鉄火場の救出者達』
危機的状況で芽生えるもの。
湧き立つ意志と、共にあるのは——
『やるしかない』
ぽーは何者なのか。
フィールドワークで荒事に慣れているとは言っていたが、それだけでは説明が付かない底知れなさを感じ、バニラは固唾を飲む。
しかし、彼の援護により人造巨人が動きを止めたことは確かなのだ。
頭に過ぎる疑念を振り払い、一気呵成に攻めるために体内のマナを活性化させ、術を起動させる詠唱を紡ぐ。
「暗夜を裂く光条、疾く駆ける矢羽を象れ。
遮る物を貫き、無窮の蒼天を示せ。
——行きますわよ!」
呼び掛けに対する返事はなかった。
代わりに、とらとすのぴがいる方向からマナの高まりを感じる。
意思に応えてその性質を変異させるマナが、各々の輝きを放ち周囲を照らし出す。
「光刃閃!!」
「フォトンインパクト!!」
「——闇穿つ光輝の俊矢!!」
示し合わせた訳ではなかった。
一瞬、世界が静止したように感じた。
光属性の三連撃が巨人の体躯を飲み込んでいく。
とらの横薙ぎの一閃が脚部を切り払い、続くすのぴの拳とこちらが放った魔法が両腕を粉砕していく。
攻撃の余波により、ぽーの拘束結界が消し飛ぶ。
手足を失ったことで、人造巨人は身体を支えることが出来ず、仰向けの姿勢で倒れ込んでいく。
巻き上がる雪の結晶に周囲が覆われそうになるが、マナを纏わせた剣閃を放つことで視界を確保する。
「やりましたの……?」
倒れたまま沈黙した人造巨人を観察し、言葉を溢す。
しかし、とらから返ってきた言葉は、
「馬鹿! 畳み掛けるぞ!」
言葉を言い切る前にとらが駆け出し、大剣へとマナを流し込み、次の技を放つ準備を進めていた。
彼の言葉の意味を、バニラはすぐに理解した。
一瞬の沈黙のあと、人造巨人が残存する四肢を地に打ち付け、身体を捩って身を起こそうとしているのだ。
肘と膝の先を失っているのに、
——まだ動けますの!?
と思ったが、直後に己の不明を恥じる。
通常の生物であれば四肢の欠損は重大な損失であり、その痛みに身動きが取れなくなることだろう。
しかし、相手は人造巨人だ。
岩石を素体としている存在に痛覚などあろうはずもない。
先程の沈黙は状況を把握するために生じたタイムラグでしかなかったのだ。
当初の予定通り、囚われた三人を救出することでしか、この巨人を止めることが叶わないというならば、
「やるしかありませんわね!」
◆
「臥龍堅殻——破穿甲刃!!」
とらが放った一撃が、身動ぎしようとしていた巨人を背後から貫き、その動きを封じ込めた。
「すのぴ! バニラ! 今の内だ!!」
「はい!」
とらの言葉に背を押され、脚に力を込めて跳躍——巨人の胸部へと飛び乗る。
すぐにバニラもやって来て、共に眼前の光景に息を呑む。
遠目で見ても悍ましさを感じていたものを、間近で見たことで忌避感が増していく。
生き埋めにされているという印象を持っていたが、そんな生易しいものではなかった。
岩石そのものと同化するかのように取り込まれたチンギス達。
彼らの状況に、胸の奥が重くなるのを感じるが、今は救出が最優先である。
いつまた巨人が拘束を破り、暴れ出すか分からない状況で躊躇っている時間はない。
「バニラさん!」
「任せてくださいまし」
呼び掛けるやいなや、バニラが風の力を纏わせた騎士剣を振るい、彼らの周囲を切り刻んでいく。
「切り離していきますので、すのぴさんは彼らを運び出してくださいまし!」
バニラを手伝おうにもこちらの攻撃が打撃主体なので、岩石と同化しつつある彼らごと砕いてしまいかねない。
意識を失った肉体は想像以上に重く、一人運ぶだけでも一苦労だった。
どうにか巨人の体躯の端にまで辿り着くと、眼下でぽーが待ち構えており、
「こちらで受け止めますので、投げ下ろしてください!」
大丈夫だろうかという疑問が浮かんだが、考えなしに言っているのではないと信じ、抱えたチンギスの身体を放り投げる。
すると、ぽーの上空に光の網が現れ、落下するチンギスを受け止めてみせた。
魔法の一種なのだろうと、その光景を眺め安心を得る。
急いでバニラの元へ戻り、ピーゲルの救出を行う。
ここまでは順調に進んでいたのだが、残る一人——巨人族のラージィを助け出すのに難航してしまった。
何しろその巨体を掘り出すのにも時間を要したし、担ぐには自分一人の力では困難を極めた。
「おいっ、まだか!?」
とらから急ぐように声が掛かるが、焦りが募るばかりである。
バニラが戦技による強化を施した上で手伝ってくれているが、ビクともしない。
まるで、地面そのものを引き剥がそうとしているかのようだった。
せめて自分もマナによる強化が出来れば——
「すのぴさん」
バニラもその思考に至ったのか、こちらを真っ直ぐに見つめ呼び掛けてくる。
とらが放った技が、その効力を失いつつあり、巨人が蠕動を始める。
ぽーによる拘束結界が張り直されるまで保つかどうか分からない以上、一刻の猶予もない。
やるしかない。
その言葉が浮かんだ瞬間に、深く息を吸って、気持ちを落ち着かせる。
戦技による肉体の強化。
移動時間にとらから教えられた技法。
限られた時間で練習はしたもののいまだ成功していないそれを、この土壇場で発動させる。いや、させなくてはならない。
緊張が胸を打ち、鼓動が速くなる。
不安が押し寄せてきそうになり、呼吸が浅くなっていく。
「すのぴさん」
もう一度、バニラから呼び掛けられる。
いつの間にか閉じていた瞼を持ち上げ、彼女の表情を視界に納める。
静かな、しかし揺るぎない瞳が語りかけてくる。
貴方なら出来る、と——
出会ってまだ数日しか経っていないのに、どうしてそんなにも信じてくれるのだろうか。
不思議に思う傍らでしかし、その信頼に応えねばと意識を研ぎ澄ませていく。
とらから教わったことを脳内で反芻する。
身の内から放出したマナを全身を覆うように操作していく。
自らの肉体の形に添うように密度を濃くして張り巡らせる。
一挙手一投足、自身の動きに合わせるようにマナを淀みなく動かしていけば——
——出来た!
身体が、軽い。
いや違う——力が、意志に追いついてくる。
溢れる力を制御下に置いたことを確認し、バニラに頷きをを送ると、直ぐさま彼女が声を張り上げる。
「せー、のっ!!」
こちらは声を上げる余裕がなかったので、合図の声に合わせることだけに集中する。
強化された二人の膂力より、ラージィの巨体が人造巨人から引き抜かれる。
直後。
拘束を抜けようと蠢いていた巨躯が動力源を失ったことで、その震動を停止させた。
だが、
「しつっこいですわね!!」
バニラの叫びに身構える。
彼女の視線の先、巨人の感覚器官がない頭部へと視線を向けると、口のような穿孔が出現していた。
そこに大量のマナが収束していくのを感じ取った直後。
破壊をもたらす光が放たれた。
◆
「なんだ!?」
巨体の影で何が起きたかはっきりとは分からなかったが、突然の閃光が放たれ、周囲に轟音が鳴り響いた。
人造巨人による反撃が行われたのだと悟り、すのぴ達の安否を確かめる。
「お前ら、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫ですわ!」
「びっくりしたけど、全然別の方向を攻撃したみたい」
二人からの返答が届いたので、胸を撫で下ろす。
どうやら救出作業も完了したようなので、技を解き二人を労おうと思ったのだが、
「これは……まずいですね」
「あん?」
傍らのぽーがこちらの背後を見て、緊張を露わにする。
振り返る先は、人造巨人の閃光が放たれた方角であり、
「くそったれが!」
何の意味も成さなかったと思われた反撃はしかし山肌を抉り、そこに堆積していた雪の層を震撼させた。
瞬く間に、耳へと届く轟音と全身を揺らす震動がこちらへと届いてくる。
「皆さん、こちらへ!」
ぽーの叫びが聞こえて間もなく——視界も、音も、何もかもが白の波濤に呑み込まれた。
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