第21章『疾走現場の生物学者』◆
窮地の現場に颯爽登場。
お前はいったい何者なのか?
その問いに今答えるとしたら——
『ただの生物学者ですよ?』
悍ましいものを見た。
人造巨人の胸部に埋め込まれているような三人の姿に、怖気が全身を駆け巡る。
それはかつての自分を想起させる光景だった。
TOIKIに取り込まれていた自分——実際はこのようであったかは分からないが、状況的にそうであったに違いないと直感が告げていた。
薄らいでいた恐怖が呼び起こされる。
呼吸が浅く、心拍がうるさいぐらいに胸を打つのを感じる。
そして、彼らをこのような目に合わせている何かに対して、ドス黒い憎悪と怒りが身体の奥底から湧き上がってきて——
「すのぴ!!」
とらの叫びに、意識が引き戻される。
「あ——」
何をしているのだ、という自責の念が脳裏に浮かんだ時には、巨人の腕が今まさに振り下ろされようとしており、
——しまっ——!?
自ら買って出た役目から意識を逸らしてしまったことで、窮地に陥ってしまった。
とらとバニラがこちらのフォローに回ろうと駆け付けてくる。
迫る人造巨人の岩石腕に攻撃を加えようとしているが、迎撃が間に合うことはなく——
「——ッ!」
直撃に対して、咄嗟に腕を交差して構える。
だが、圧倒的な物量差を前に、その行いは無為に等しい。
押し潰される光景が頭を過った直後、
「大いなる守護の力をここに——災禍を祓え、大いなる光盾」
戦場に似つかわしくない穏やかな声が、騒音をものともせず、静かに沁み渡る。
上空に光り輝く膜が出現し、人造巨人の腕を押し留めていた。
いったい何がと周囲を窺うと、
「いやぁ、危ないところでしたね」
白衣を身に纏った長身が、眼鏡の奥で優しげに目を細めている——
「ぽー博士!?」
◆
「助かったが、何だってここに来たんだ!?」
危ないから下がっていろ、言外にそう伝えようとしたが、ぽーは呑気な様子で、
「どんな魔物が襲ってきているのか気になっちゃいまして」
「危機感ってものがないんですの?」
あっけらかんに笑うぽーにバニラが呆れ顔で訊ねている。
しかしぽーは得意げに胸を張り、
「フィールドワークでは間近で魔物を観察することもありますので、これでも自衛の手段は持ち合わせているつもりですよ、っと」
そう言葉にし、ぽーが腕を振る。
その動きに連動して、巨兵の腕を押し留めていた防御術が輝きを増す。
その光量が極限まで高まると、爆ぜる音と共に人造巨人を弾き飛ばした。
反動により、橇全体が跳ね上がるかのような振動に見舞われる。
激しい揺れの中でも悠然とした様子のぽーが、誇らしげに胸を張る。
「このように、ね」
「——すげぇな」
思わぬ助っ人に驚きはあったが、これでより確実に移動宿の防衛にあたれるようになった。
「力、貸してもらうが構わねぇな?」
「それは勿論——しかしあそこのお三方、いったい何があったのでしょうね」
体勢を崩した人造巨人、その胸部をまじまじと観察し始める。
興味深そうにしていた視線はしかし、忌むべきものを見据えるものへと変わっていった。
「人造巨人はマナを放出するコアを動力としているはずですが、その代替品に人そのものを使用するというのは……」
ぽーの細い視線が釣り上がり、嫌悪感を露わにする。
彼が言うように、そのような事例は今まで一度たりとも耳にしたことがなかった。
「ノース・ダストの不良グループが、なんだってそんなことになってるんだか」
「おや、お知り合いの方でしたか」
「知り合いって訳じゃねぇが……」
因縁をふっかけてきた相手で、これ以上関わり合いになることはないと思ったのだが、
「もしかして、私達を追ってきた、とか……?」
バニラの推論も考えはしたが、一介の不良グループがこんな状態になってまでこちらを追ってくるとは考え難かった。
何より、あの人造巨人がここに現れた状況を考えると、凄腕の魔法使いが転移術を使用したのだと推測出来る。
つまり——
「陰で何者かが糸を引いてやがる、か……」
強化の古代遺物の件もあり、誰かがこちらに対して彼らをけしかけているようにも感じられる。
もしそれが事実だとするなら、
「アレの狙いは俺たちってことか」
行き交った移動宿を狙ったものだとばかり思っていたが、あの三人が関わっているとなるとそちらの線の方が濃厚だろう。
「なら、やるべきことは決まりましたわね」
バニラがこちらの考えを察したようで、一歩前に進み出る。
見れば巨人が体勢を立て直し、再びこちらへと向かって来ようとしていた。
橇も徐々に速さを取り戻しつつあったが、このままでは捕まるのも時間の問題だ。
「博士、あいつら生きてると思うか?」
「マナを供給するコアの代わりになっているのなら、今はまだ生きていると見て間違いないでしょうね」
今はまだというセリフに眉間が寄ってしまうが、そういうことなら助けないと寝覚めが悪いというものだ。
「ど、どうするの?」
今まで押し黙ってしまっていたすのぴが恐る恐る聞いてくる。
「状況的にアレの狙いは俺たちだろうからな。このまま橇上で戦うよりは、ここに残って移動宿を先に行かせる……やれるか?」
「う、うん」
自信なさ気に頷くすのぴに、先程のことを気に病んでいるのだと思い当たる。
あの時のすのぴの様子は恐れの中に憎しみや怒りといったものが顔を覗かせているように見えて、
——自分の境遇と重ねたか……
TOIKIに囚われていたことを思い返して、意識がそちらに引き寄せられているようだった。
そのせいで、窮地を招いたことを後悔しているのだろう。
「すのぴ——色々思うところもあるだろうが、今は目の前のことに集中だ」
「……ごめんなさい」
叱責されたと受けたのか、すのぴが表情を俯かせる。
そういうつもりで言ったつもりではなかったが、なかなかどうしても考えを伝えるというのは骨が折れる。
「別に責めてねぇよ。——後で話聞いてやるから、あんま一人で抱え込むなってことだ」
「えっ、あ、ありがとう」
勘違いに気付いたすのぴが驚いたように顔を上げて、礼を言ってくる。
こちらの様子を窺っていた二人が頷きを送ってきたのを確認して、
「行くぞ!!」
号令を発し、疾走する大型橇から身を躍らせた。
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