第22章『遠見の観測者』
見据える先には極上の獲物。
逸る気持ちに駆り立てられるも——
「今はまだその時ではない、ですねぇ……」
「おやおやおやおやぁ」
雪原を縁取る針葉樹の森の一角、その梢に佇む長身の男が遥か遠方に視線を向けながら興味深そうに呟く。
その相貌は獰猛な獣が歓喜の表情が浮かべるかのように歪められていた。
「懐かしい顔を見かけて、ついちょっかいを出してしまいましたがぁ……まさかまさか、このような場面を見せていただけるとはぁ」
ここより何百kmと離れた位置での出来事を、遠見の魔法で観察していたが、
「ん〜〜、これぞ僥倖というものですねぇ!」
街の不良をけしかけて、かつて面倒を見た被験体の様子を見てやろうとしただけだったが、思わぬ収穫に全身が恍惚に震える。
雪崩に巻き込まれ、意識を失ったところを白狼の群れに襲われて一巻の終わり。そんなつまらぬ結末に落胆の色を浮かべていたが、
「よもや、このような場面であれほど強大な主の因子を持つ者が見つかるとは、思いましませんでしたよぉ!!」
夜闇の如き青黒い聖痕を宿した存在。今までの研究で、僅かにでもそれを有する存在を生み出すことに成功していたが、あのように全身を覆う程に力を有する存在は初めて見た。
別の組織が生み出したのだろうか? それとも自然に発生した存在なのか?
興味関心が、次から次へと湧き出てくる。
「あぁ! 今すぐにでもその全てを調べ尽くしたいぃ!!」
全身を掻き毟り、身を捩らせる。
かの存在を調べる事が出来れば、宿願の成就に大きく近付くことになるに違いない。
ならば、己が為すべきことは決まっている。
「今ならば転移で近付き確保することも容易——ついでに被験体も回収して今一度調整してあげましょうかねぇ…………ぅん?」
彼方の地へと転移するための術式を発動させようとしていると、遠見の視界があるものを捉える。
崩落現場の様子を窺いに来たのか、あるいは白狼を狩りに来たのか、武装した集団が集まってきている。
倒れ臥す者達の救護を行っているところを見るに、彼らに対して害意ある者ではないのだろう。
「ふむぅ……」
多少の手合いであれば、特に問題なくこちらの目的を果たすことは可能だろう。
しかし、如何せん数が多い。
転移で赴き、目的の二人を回収しようとすれば、あるいは戦闘になるかもしれない。
——それは、面倒ですねぇ……
荒事を得意とするわけではないので、余計な衝突は避けるべきなのだろう。
だが、この好機を逃すのは勿体ないという気が後ろ髪を引いてくる。
「んんっ! 如何しましょうかねぇ——!?」
悩ましさに頭を抱えていると、突然背筋が寒くなるのを感じる。
遠見が視界の中央、主の因子を持つ兎人族の傍らに寄ってきていた人物がこちらへと視線を向けてきている。
向こうからすれば、何も見えないはずなのに、である。
こちらと同様に遠見が出来るのか、あるいは単に勘が鋭いのか。
どちらにせよ、向こう側で周囲を警戒する動きが見えた以上、機を逃してしまったことに変わりない。
「仕方ありませんねぇ……」
喉から手が出るほどに、今すぐにでも手中に収めたいところだが、今回はその存在を見つけただけでも良しとしよう。
「今はまだその時ではない……そういうことにしておきましょうかねぇ」
それに、すぐに欲したものを手に入れてしまうというのも味気ない。
困難の末に、目的のものを手にした方がより深い幸福感を得られるというものだ。
ならば、今はその時を迎えるためにも、
「色々と根回ししておきましょうかねぇ」
彼らの旅の目的地は、恐らく東領だろう。
ならば、先回りして策を張り巡らせて待ち構えるのが良いだろう。
「んふふふ……それでは、今日のところはこれにて失礼しますねぇ」
聞こえているはずがない言葉を弄して、深々とお辞儀をする。
一陣の風が木々を揺らした時には、そこには何も存在していなかった。
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