第15章『虚栄の君臨者』
生きるため。
慕ってくれる者達を守るため。
己を偽り、虚勢を纏い——
『どうしてこんなことに』
男は歓喜に打ち振るえていた。
黒衣を纏い、夜の闇より深い漆黒の大剣を構えている者を見て、万感の想いが込み上げてくるのを感じている。
直接見るのは初めてである。
だが、精悍な顔付きや気怠そうでありながら鋭い視線——伝え聞くその風貌が、彼が何者であるかを理解させてくれる。
——ギルドの英雄!
このような場所で何故そのような人物がいるのか、と疑問ではあったが、こうして巡り会えたことのは弟分のピーゲルからの働き掛けが大きいだろう。
——か、かっけぇ!!
浮き足立つ感情を表に出さないよう、細心の注意を払いながら、ギルドの英雄・とらの姿を網膜に焼き付ける。
まだ二十代後半のはずだが、彼が残した功績の多さや吟遊詩人達によって語られる逸話を知れば、彼に憧れを抱く者は後を絶たないだろう。
それは、マフィアを気取り、この街の裏社会で幅を利かせている自分のようなものでも例外ではない。
人目を憚る必要がなければ、今すぐにでも握手を交わしてお近付きになりたいところではあるが、
——立場がそれを許さないよなぁ……
正直なところ、今の立場は自分には荷が勝ち過ぎていると思う。
生来の性格は酷く小心者であったと言えるだろう。
争い事を好まず、和を尊ぶ幼少期であったはずだ。
しかし、世間の趨勢に翻弄され、遂には爪弾きにされたことで、幼いながらに過酷な環境で生きることを余儀なくされた。
生きるためには、虚勢を張り、やりたくもない悪事にも手を染めるしか術はなかった。
がむしゃらに生に固執していく中で、徐々に自分を慕ってくれる者達が増え、彼等を守るためにホワイトケルベロスなる組織を打ち立てるに至ったのである。
やがて街の者達は自分達を恐れ、今まで不当な扱いを受けていた者達もそれまでの環境から脱却するに至ったのは、嬉しい限りである。
これが正しいやり方であったかどうかは分からない。
必死に足掻いた結果、こうして安寧の日々を得ることが出来るようになった。
自分達にとっては、それが何より大事なことであったのだ。
そんな日々に唾を吐き付けるかのようなことがあったとピーゲルから聞かされた時には、どうしたものかと頭を抱えそうになった。
とらを前にして、その思いが昨夜以上に膨れ上がってくる。
——あの人と戦わないといけないのか……
流石に勝ち目はないだろうと、内心で諦めそうになる。
ピーゲルが昨夜出会った商人から強力な古代遺物を常軌を逸する程の割安価格で買い取ったということで、それで相手を蹂躙しようということだったが、相手が悪過ぎる。
歴戦の勇士を相手に、古代遺物の力を借りたところでどこまで通用するのだろうか。
だが、
——だが、こちらにもメンツがある……
これまで積み上げてきたもの——それが恐怖に因るものであったとしても、こちらを信じて付いて来てくれた者達を想うと、相手が憧れの存在であっても、簡単に引き下がる訳にはいかなかった。
——勝敗は目に見えているだろうが……
弟分の頼みとあっては腹を括るしかない。
「さぁ、掛かってくるが良い」
長年で染み付いてしまった口調で相手を煽るように言葉を紡ぐ。
すると、目の前の英雄が口元を吊り上げたかと思うと、
「——っ!」
無言のまま、戦いの火蓋が切られた。
◆
互いの大剣を振るい数合切り結んだところで、相手の様子に意識を向ける。
不敵な笑みを浮かべながら剣戟を放ってくる相手に、底知れない何かを感じ取ったのだ。
その視線には、どこか余裕とは別の——理解し難い何かが宿っていた。
強化術によって得られたであろう力とはまた別の何か。
敵意以外のそれが相手の表情の裏に見え隠れしているのだ。
先程の会話から韜晦趣味があるようにも感じられ、その奥底に何が眠っているのかが気掛かりであった。
それに、相手が持つ大剣も懸念要素の一つである。
先程ははぐらかされてしまったが、禍々しい気を纏っているそれは、呪いや穢れを孕んだ魔剣と称される物で間違いないだろう。
「てめぇ、いったい何者なんだ?」
「ホワイトケルベロスの首領、チンギス——それ以上でも以下でもない!」
募る疑念を口にしたところで、返ってくる答えはこちらが求めているようなものではなかった。
鍔迫り合い、至近の距離で相手の様子を伺うが、相手は笑みの表情をより一層深くするばかりである。
——長引かせると厄介か……
魔剣がどれ程の力を有しているかが不明である以上、下手に時間を掛けるのは得策ではないと判断し、相手が本気になる前に、一気にカタを付けることとする。
体内に満ちたマナへと意識を向け、それを全身へと張り巡らせるように念じる。
力が漲ってくるのを感じ、飛び退ることで距離を取る。
振りかぶった大剣へとマナを送り込む。
そして、その力を意のままに変質させる。
使い慣れた地の力では、対人相手において威力が高過ぎてしまうことが殆どである。
強化術の効果がある内はそれでも問題ないだろうが、万が一の事を思い、別の力を形成していく。
「——穿て、水蛟!!」
振り下ろした大剣から放たれるのは、大蛇を模した激流の一撃だった。
命が宿ったかのようにうねり、相手に喰らい付こうとする。
「ぬぅ!?」
だが、相手もただやられる訳ではなく、咄嗟に大剣を盾にするように構えたことで直撃を免れたようだった。
受け止めた水蛟を払いのけたことで、勝ち誇ったかのような表情を浮かべていたが、
「まだまだぁ!!」
一度は防がれた水蛟だったが、その力は霧散することなく健在であった。
大剣を縦横無尽に振るうことで、水蛟もまた連動するかのように四方八方から相手に襲い掛かっていく。
驚愕で目を見開いたチンギスが何とか対応しようと試みていたが、
「これで——終わりだ!」
軌道が読めないことで翻弄され、体勢を崩したところを見逃さず、渾身の一撃を見舞う。
「ぐおぉぉぉぉっ!?」
回避や防御が間に合わず、直撃を受けたチンギスが遥か後方へと吹き飛ばされていく。
広場に敷き詰められた石材の上を弾かれていき、遂には噴水へとぶち当たる。
砂塵が巻き上がり、チンギスの姿を覆い隠す。
——手応えはあったが……
手加減はしたが、昏倒していてもおかしくない一撃である。
構えていた大剣の鋒を下げて、肩の力を抜こうとした瞬間——
「……おいおい、マジか」
視線の先。
晴れゆく砂煙の向こう側に、起き上がる影が見えた。
緩慢な動きはダメージの現れだろう。
それでも、こちらの攻撃を耐えたことに、少なからず驚きが露わになる。
砂煙が風に押し流されて、チンギスの姿を捉える。
魔剣を杖代わりにして身体を支えるその姿は、ボロボロと言っても過言ではなかった。
だが、鋭い眼光はこちらを見据えている。
その瞳には、まだ折れていない何かが宿っていた。
口角は先程以上に吊り上がり——
「…………」
不意に、チンギスの身体が頽れる。
膝を突き、前のめりに倒れ込みそうになるのを、手にした魔剣に寄り掛かることで回避していた。
既にチンギスは白目を剥き、意識を失っていた。
水蛟のダメージで限界を迎えていたのだろう。
それでも立ち上がってきたのは、曲がりなりにも組織のトップとしての矜持だったのか——
「やるじゃねぇか」
チンギスは動かなくなったが、その気概に感嘆の言葉を送る。
周囲でどよめきが起きるが、それはすぐに意識の外に追いやる。
「すのぴの方は、どうなった?」
バニラは、まぁ心配ないだろう。
だが、すのぴにはこの二週間程、防御や回避について教え込んでいるが、戦う術はまだ教え始めたばかりだ。
——時間を稼いでくれてたら、それで十分だが……
それを期待して、あの場を任せたのだが、果たして……
お読みいただきありがとうございます!
少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、幸いです。




