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第6章『宿酒場の情報交換者達』◆

 自らの不明を埋めるために。

 相手のことを知るために。

 言葉を交わすことこそ相互理解の始まり——

『お聞かせ願いますわ』

「本当に申し訳ありませんでしたわ!」

「あー……こっちにも落ち度があったわけだし、そう気にするなよ」


 女騎士——バニラ・クリムの腰を直角に曲げた謝罪が年季が入った室内の床へとぶつけられる。


 幾度となく繰り返される謝罪に、危害を加えられそうになった身としては小言の一つでも言ってやりたくはあった。

 だが、すのぴの教育不足が招いた事態でもあったので、当たり障りのない台詞で言葉を濁すだけにする。


 バニラが正気を取り戻した後、場所を彼女が滞在している宿酒場——その宿泊部屋へと招かれたのである。


 宿酒場の女主人や従業員からは訝しまれたが、さもありなん。

 年若い女性の宿泊先に、我ながらの強面とフードを目深に被った怪しげな兎人族が連れ込まれようとしたならば不審に思われるのも致し方ない。

 それでも、誤解による疑念が堰を切る前に提示したギルドの徽章のお陰で難を逃れることが出来た。

 ギルドの支部が存在しない街であっても、その信頼の高さが窺えた。


「では、早速ですが……」


 ようやく気を持ち直したバニラが居住まいを正す。

 要求されるものは明白だったので、こちらから言葉にしてやる。


「あぁ、深淵領域で何があったのか——まずはそこからだな」



 とらが話を終えた時、胸の奥が張り裂けそうな痛みを覚えた。

 今にも涙が溢れ返り、咽び泣きそうな衝動に駆られそうになるのを、ぐっと抑えつける。


 ——覚悟は、しておりましたのに……


 彼等がこうして自分の前に現れたのが何よりの証だ。

 かぷこーんの身に何かがあったのだ。


 悪い予感が現実のものとして突き付けられ、心を掻き乱さずにいられる程、達観している訳ではない。

 零れ落ちそうになる感情が胸の中で暴れ回る。

 それを抑え込み、こちらの問いに答えてくれたとらに対して謝辞を述べる。


「ありがとうございますわ……それと、すのぴさん、でしたわね」


 とらが話してくれている間中、フードを外して露わになっていたすのぴの表情には、悔恨や居たたまれなさが如実に顕れていた。

 話を聞く限り、自分を助けるためにかぷこーんが犠牲になったのだと思っているのだろう。

 そんな負い目を感じているらしい彼に、かぷこーんの代わりに言えることは、


「よくぞ、ここまで無事でいてくれましたわ。きっと——かぷこーん様もお喜びになられるかと存じますわ」


 握り締められた手を取り、そっと指を押し広げていく。

 掌には爪が食い込み、皮膚を裂いて血が滲んでいた。

 それを見て、手早く治癒魔法を唱える。


「どう、して……?」


 癒しの緑光を眺めながら、すのぴが躊躇いながらも問い掛けてくる。

 こちらの言葉の根拠を知りたいのだろうか。

 あるいはこの発言の意図が分からないのか。

 それでも彼に伝えておかねばならないことをはっきりと、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「ここまでの道程は——そちらのとらさんのお力が多分にあってこそだったのでしょうが、それとは別に、貴方が現実に打ちのめされようとも、生きる意志を手放さなかった。だから、ここまで辿り着けたのだと思いますわ」

「それ、は……」

「かぷこーん様なら、そのことをお喜びになるはずですわ。だからどうか、そのように後ろめたくなさらないでくださいまし」


 かぷこーんは騎士としての信念に従い、彼を助けることを選択したのだ。

 それをどうか負い目に感じてほしくないというのは、今の彼にとっては酷な願いかもしれなかったが、


「——はい」


 涙を堪えた瞳に見据えられ、静かな、しかし確かな声が耳の奥へとはっきりと届いた。


 ——お強い方、ですのね……


 記憶のほとんどを持ち合わせていないことから、人との関わり方に疎く、どのように振る舞えば良いのかが分からず狼狽していただけなのだろう。

 だが、この短い間のやり取りでも感じ取れる程に、本来は芯の強さを持っている人物なのだと感じ取れた。

 気弱そうな表情から誤解していたが、心根がしっかりとしているのだと認識を改める。


「——お前さんには、これも渡しておかないとな」


 こちらの話が一段落したのを見て、とらが懐から取り出したものを差し出してくれる。


「これは、かぷこーん様の……」


 彼が手にしている羊皮紙の束と彼の顔に視線を行き来させると、とらは静かに頷き、


「仲間に渡してくれ、って……封印処理はされていなかったが、中身は確認していない。まずはお前さんの方で検めてくれ」


 受け取って検分する。

 確かに魔法による封印処理は施されておらず、簡単に中身が確認出来る状態だった。

 とらの言葉を信じるなら、紙を束ねている紐は一度も解かれていない、ということだ。

 彼が持つ職業倫理がそうさせたのだろうか。

 もちろん、彼の言葉が虚偽であるという可能性もあるが、


 ——ギルドの英雄、ですものね……


 ギルドの顔役とも呼べる人物がそのような小賢しい真似はしないだろう。

 むしろ情報の秘匿性を察して、閲覧を避けてくれたのだろう。


 逸る気持ちを抑えながら中に記された文字を追っていく。


 見慣れたかぷこーんの筆跡で綴られていたのは自分と別行動を取ってからの記録だった。

 深淵領域に単身乗り込み、どのようにして目的の物を手に入れたのかが記されており、


「貴方がたが、お持ちなのですわね?」


 先程のとらの説明やかぷこーんの手記を照らし合わせ、現状を鑑みた場合、自分たちがここまで来た目的の物——マジカルソフトを彼らに託したのだと確信する。


「あぁ、これもあいつから預けられたものだ」


 とらの懐からボックスが取り出される。


 空間が揺らめく。

 とらが手を差し込むと、程なくして目的の物が引き出される。


 掌に収まるほどのそれは、名が体を表しているかのようだった。

 見た目は、広く民衆に愛されている氷菓そのものだ。


「かぷこーんがこいつを使用した時には、頭の中に声が響いてきたんだが……今はウンともスンとも言わねぇ」

「そのよう、ですわね」


 それを観察してみても微弱過ぎるマナしか感知出来ない。

 とてもではないが伝説の願望器と言われても信じるのは難しいだろう。


 だが、これを探し当てたかぷこーんがその力を発動させようとしたのは間違いないらしい。

 不発に終わったとはいえ、その力の発露の一端を垣間見た彼等の証言がある以上、今のこれは何らか理由により休止状態に陥っていると見るべきだ。


「ともかく——それをここまで運んでいただきましたこと、心より御礼申し上げますわ。ここから先は私が責任を持って、我が王の元へ持ち帰らせていただきますわ」


 これで、この件は終わり——のはずだった。


「それについてなんだが——条件がある」

 お読みいただきありがとうございます! 


 少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、幸いです。

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