第5章『忠義の女騎士』
誓いの剣。
その刃は時に狂気と呼ばれる。
誰よりも真っ直ぐな願いを——
ヒトは何と呼ぶのか。
『忠義ですわ』
広場の中央で振り返り、迫る脅威に備える。
背にした鞘から大剣を解放し構える。
すのぴもこちらに倣って、両の拳を握り締めて持ち上げ、臨戦態勢をとる。
「……あれ?」
すのぴが首を傾げる。
聞こえていた足音が途絶え、周囲一帯が不気味な沈黙に支配される。
だが、その静寂はすぐさま打ち破られることとなる。
「下がれ!!」
すのぴを押しのけるように前へと身を割り込ませる。
次いで大剣を盾のように構えたところで、全身が衝撃に震える。
路地の途切れる手前で跳躍したのだろう。
女騎士が上空から錐揉みの蹴りを叩き込んできた。
構えた大剣の刀身と女騎士の具足がぶつかり火花を散らす。
渾身の一撃に膝を折りそうになるが、こちらも全身にマナを張り巡らせて、抵抗する。
しかし、相手の方が術の効果で上回っているせいで押し負けそうになる。
「とらさんから——離れてください!!」
体勢を立て直したすのぴが女騎士の腕を掴み、勢い良く振り回して投擲を試みる。
体が宙に浮いていたため、彼女はされるがままに投げ飛ばされる。
だが、こちらから十メートル以上離れた場所に着地したかと思うと、すぐさま距離を詰めて襲い掛かってくる。
貫手や目潰しだけでなく、あらゆる急所目掛けて放たれる拳や蹴りを辛うじて捌き、回避を繰り返す。
——おかしいだろ……
すのぴと二人、防戦に徹していたが、いくら待てども術の効果は途切れなかった。
間断なく放たれる猛攻の最中に、術を掛け直す暇はどこにも存在しない。
ならば、こちらを追走している途中で時間切れを迎えたのか——否、そうであるならば、こちらを見失っていたはずだ。
推論を立て、否定を入れていく中で、一つの可能性に思い至る。
——強化術の持続時間がズバ抜けて長い、ってか!?
だとするならば、このままではジリ貧もいいところだ。
いつ訪れるのか分からない効果切れを待っていては、体力だけでなく精神の消耗が激しい。
自分はまだしも、すのぴが耐えられるかは微妙なところだ。
こちらも全力で応戦する考えがよぎるが、そうなると相手の無事を保証出来る気がしない。
「すのぴ! こいつと何を話したか教えろ!」
「この状況で!?」
隣で攻撃を凌ぎながら、動揺の声が上がる。
「このままじゃ埒が明かねぇ! こいつを正気に戻す糸口を探す!」
「——ッ! えっと、まず僕たちが何者かって訊かれたから——」
極限の状況下であったが、どうにか当時の様子を思い返すかのように、すのぴが口を開く。
「比翼の燈籠を頼りにこの街まで来たことを伝えて——」
「それを先に見せたんだな!?」
「そ、そうだけど……もしかして、いけないことしちゃってた!?」
すのぴの疑問に叱責の言葉を浴びせ掛けそうになるが、ぐっと堪える。
つまりはこういうことである。
かぷこーんの名を出す前に、彼の所持品であった古代遺物を彼の仲間に見せたのである。
見ようによっては盗みを働いたのだと思われたことだろう。
——いや、それ以上か……
世間慣れしていないようだが、かぷこーん程の実力者が並の盗人に物を盗られることはまずない。
もし、騙し取られたとしてもすぐに取り返すはずだ。
となると、そんなかぷこーんから所持品を盗ることが出来たのは、彼に致命的な危害を加えたため、と考えてもおかしくはない。
女騎士の様子からして、最悪の誤解を与えたのは間違いない。
これは自分の落ち度だと反省し、すのぴには今後人との関わり方や話の伝え方について教えていかないと、と内心で肩を落とす。
とにかく解決の手掛かりが見えたので、今なお狂気に囚われた女騎士に言葉を投げ掛ける。
「待ってくれ! 俺達はかぷこーんに頼まれ——」
「卑賤な輩が、あの方の名を口にするなっ!!!」
火に油を注いだ。
◆
「くそっ! 取り付く島もねぇってか」
「ど、どうするの?」
激昂する女性と距離を取り、とらへと質問する。
幸い、女性はすぐに攻撃に移って来ず、肩で息をし、全身を震わせていた。
——怒ってる、んだよね……
記憶の大半がないせいか他者の感情や機微にいまいち疎い自分だが、目の前の彼女が怒りで囚われていることは分かる。
そして、その原因が自分にあるのだということも——
「謝って! 許してくれるかな!?」
「理由を十分に理解してない状態で謝っても逆撫でするだけだ!」
後で教えてやるから、ととらが一歩前に踏み出す。
「さっきの感じからして、あいつ——相当かぷこーんに入れ込んでやがるな」
「入れ込む?」
言葉の意味がよく分からず首を傾げるが、とらは笑みをこぼしながら、
「まぁ任せとけ——おい! お前さん、あいつの仲間なんだろ!」
とらの呼び掛けに女性が鋭い眼差しを更に吊り上げて、無言の圧力を掛けてくる。
気圧されそうになるのを必死に堪える横で、とらが飄々した様子で続ける。
「俺達はあいつに託されてここまで来たんだ! 美人で優秀な部下に伝えてくれって!」
「え?」
「美人、ですって……?」
そんなこと言われただろうか。
疑問の目をとらに向けるが、美人という言葉に反応した女性に対してとらが声高に告げる。
「あぁ、気立てが良くて気品に満ちた才女だ、家庭を持てば良い奥さんになるだろうって言ってたぜ」
「と、とらさん……」
もしかしたら自分が目覚める前に話していたのかもしれないが、どうにも嫌な予感がしてとらの袖を引いて、静止を呼び掛ける。
「本当にそんなこと言ってたの?」
聞かれたら拙いような気がしたので、一応小声で耳打ちしたが、とらは曖昧な笑みを浮かべ、
「尊敬、あるいは惚れた相手からの言葉とあっちゃあ、ちっとは耳を傾けるだろ」
——嫌な予感しかしないんだけど……
直感が危機を告げてくるも、相手に言葉が届いてしまっていては、どうすることも出来なかった。
女性に視線を向けると、いつの間にか俯いていて、その表情はしな垂れる前髪の奥へと隠れてしまっていた。
「————は、——————んわ……」
「えっと……?」
微かに漏れ聞こえた声に反応を示すと、女性が顔を跳ね上げさせる。
その瞳は先程までと異なり、大粒の涙を貯えており、頬が真っ赤に染まっている。
彼女の様子を見たとらが、得意げな表情を浮かべた直後、
「かぷこーん様は、そのような甘い言葉で女性を拐かすお方ではありませんわ!!」
「……そっちかぁ」
とらの呟きに、思わず冷たい視線を向けてしまう。
燃え盛る炎に大量の油を投げ込むとどうなるか、分かったような気がする。
◆
怒り狂った女騎士が哀愁をも振りまきながら、こちらに迫ってくる。
「どうするの、とらさん!?」
すのぴの懇願するかのような悲鳴が聞こえるが、こちらの内心は至って平静だった。
——恋慕より畏敬の念が勝ってる、か……
ならば、彼女に投げ掛けるべき、最良の言葉はこうである。
振りかぶられた拳がこちらに目掛けて放たれる。
「お前さん——本当に良いのか?」
一瞬だけ間を置いて、言葉を重ねる。
「かぷこーんの意志に背くことになっても良いんだな?」
重ねて告げた言葉に拳が鼻先スレスレの所で動きを停止させた。
風圧で髪や衣服がはためくが、視線をそらすことなく女騎士を見据える。
「……………………本当に」
しばらくの沈黙の後に女性が言葉を漏らす。
険しい表情は相変わらずで青筋が浮き出ているが、こちらの発言に冷静さが僅かにでも戻ってきたのか、その瞳からは狂気じみた色が消え去っていた。
彼女からして見れば、まだ怪しさは払拭しきれていないだろう。
だが、万が一こちらの言が正しいのだとすれば、という思いが彼女に歯止めを掛けさせた。
「本当に、かぷこーん様に頼まれたんですの……?」
「さっきからそう言ってるだろ」
追い打ちを掛けるように告げると、女騎士の紅潮していた顔が一気に青ざめていく。
「わ、私、なんてことを!?」
あたふたと狼狽する姿に多少は溜飲が下がる思いである。
「も、申し訳ございませんわ!!」
飛び退き、宙に浮いた僅かな時間に膝を揃えて着地する。
流れる動きで腰を折り、額を地に叩き付ける。顔横には指先まで綺麗に揃えられた両手が大地を捉えていた。
「……どういうこと?」
あまりの光景にすのぴが困惑した声を漏らす。彼には馴染みがないかもしれないが、彼女が取った地に伏す姿勢は、
「……DOGEZA、だと!?」
東領の海上国家に伝わる謝罪の極意——その発展形であるバックジャンプDOGEZAを披露した彼女に、感服せざるを得なかった。
西領の騎士である彼女が何故こうも見事なDOGEZAを使いこなせたかは疑問ではあるが、
「すのぴ……こうも見事なDOGEZAを見せられたら、彼女を非難するのは野暮ってもんだ。誤解で襲われた件はこれで手打ちってことで良いな?」
「そ、そういうもの、なの……?」
すのぴが状況を飲み込めていないようだったが、とにもかくにもこれで落ち着いて話が出来そうであった。
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