第7章『情報整理の漏洩者』
語られる真実。
隠されるべき真実。
情報は人を繋ぎもするが、
時に逃げ場を奪う。
——一度零れた言葉は、もう戻らない。
『やってしまいましたわ』
「条件、ですの?」
こちらが放った言葉に、バニラが警戒を強め、大きな瞳が鋭さを宿していく。
身構える彼女を見てすぐさま掌で制する。
「誤解するな。何も大金を要求しようだとか、これがもたらすであろう恩恵に預かろうって話じゃねぇ」
「では、何をお求めですの?」
バニラの疑念が強まるのを感じる。
だが、こちらはまだ条件を提示していないのだから、早々に拒絶の雰囲気を醸し出すのは遠慮願いたい。
固くなった彼女の態度を払拭するためにまずは、
「一つは、これを手に入れてどうするのかの確認だ」
TOIKI相手にはその効力を発揮しなかったが、かぷこーんの変貌を目にした手前、これが大いなる力を秘めた願望器であるのは間違いない。
伝説に謳われる奇跡の具現を一国家が保有するというのは、ギルドの一員として手放しで認めるのは難しい。
その力の大きさ故に、争いの火種になりかねない。
マジカルソフトを奪い合うような騒動——それこそ戦争にまで発展してもおかしくないのだ。
民衆を守り、大陸の安寧のために尽力しているギルドとしては、返答次第では緊急性の高い対応を強いられるだろう。
——正直に話してくれるかどうかも分からねぇがな……
正しい内容を答えられたとしても、即座に確認する術はない。
だからこそ、相手の挙動を具に観察し、真偽を見抜くしかない。
「——お二人は、西領の情勢はどこまでご存じですの?」
バニラの一挙手一投足を見落とさないように意識を研ぎ澄ませていると、彼女が問い掛けてくる。
記憶を持たないすのぴは当然、分からないと首を横に振ってみせた。
ならばと、二人の視線が集中したので、わざわざこのタイミングで問い掛けてきた意図を推察し、
「細部までは把握し切れていないが——緊張状態が続いているんだったな」
バニラが黙して頷くのを見て、脳内で幾つかの推測を打ち立てていく。
西領の国々はぽぽぽ神教の総本山とされる《聖域》を有していることから、信仰心の厚いことで有名である。
それ故に古くは、少数派の他教徒や亜人を穢れた存在として、迫害や弾圧が行われていた。
それが原因で引き起こされた紛争や虐殺を問題視した有志各国の働きかけにより、一応の沈静化を迎えたわけだが、
——今なお根強い問題として残っているんだよな……
ギルドとしても警戒の目を向けてはいる。
だが、西領諸国は騎士団を有していることからギルドが介入する余地が少ない。
詳細な情報を入手出来ていないのが実情である。
それでも《聖域》をはじめとする主要国に対しての不満が高まり、情勢が不安定になってきていることは耳に届いている。
それだけ西領諸国の緊張が明らかに高まっていることの顕われであろう。
つまり、
「戦争が始まる、ってことか」
こちらの推測にバニラは表情を動かすことなく頷き、
「我が王の見立てでは、この一年の内に、とのことですわ」
「おいおい……」
思っていた以上に事態は逼迫しているようだった。
ならば、マジカルソフトを求めた理由は軍事力の強化か、開戦を遅らせるための抑止力とするためか——否、それを理由にするのはあまりにも非現実的だ。
あるかどうかも曖昧なものに労力を割くぐらいなら、徴兵で兵力を整える方がまだ現実的だ。
あるいは外交で緊張状態を緩和させる方が、よほど成果が期待出来るだろう。
だが、現にかぷこーんはマジカルソフトを手に入れているのである。
——存在を確信していた、のか……?
新たな疑問が頭を過ぎるが、今は脇に置き、問うべきことを口にする。
「マジカルソフトを求めた理由は戦争に備えて——だけじゃねぇよな」
「そうなの?」
話の流れがよく分かっていないであろうすのぴが首を傾げる。
それに対して先程の思考を口に出して説明すると、バニラから首肯が送られてくる。
「お察しの通り、あくまで表向きはそれが理由ですが——本当の理由は」
バニラが一度目を伏せ、間を置く。
これからの話す言葉を選ぶようにして、遂に発せられた言葉は、
「いずれ訪れる厄災に向けて、ですわ」
◆
「厄災……随分と穏やかじゃねぇな」
とらが表情を歪めるのを見て、それも致し方ないと思う。
突然そんなことを言われても信じられないのが正常な反応だろう。
だが、
「ソルベ法国の国宝である予言書に記されておりましたの——大いなる戦乱の後に、天より来る災いが世界を覆う、と」
「……信憑性は高いのか?」
息を吞んでいたとらが苦々しそうに言葉を発してくる。
半信半疑の様子であったが、今まで予言書に記されてきた内容は解釈の幅はあれど、その全てが実際に起こってきたのである。
「確実と言っても過言ではありませんわ。直近のことでしたら、戦乱が起きる前に胡乱な存在が暗躍すると記されておりまして、実際に《聖域》やその周辺諸国で怪しげな連中が目撃されておりますの」
その目撃証言が耳に入るようになった頃を境に、西領諸国の緊張が加速度的に高まってきていたので、それらの関与があることは間違いないだろう。
「じゃあ、その災いをどうにかするために、ってこと?」
内容を理解しようと、すのぴが確認の言葉を投げ掛けてきたので、頷きで返す。
「天より来る災いが具体的にどういったものかは分かりませんが、尋常ならざる何かであると予測されておりますわ」
それに対処するためにも、マジカルソフトをはじめとした大いなる力を必要としているのである。
「なるほどな……マジカルソフトを探した理由については理解した。だがな」
とらがそこで大きな溜め息を吐き出し、呆れたような表情を浮かべたかと思うと、
「訊いといてなんだが——予言書とかその辺の話、ぺらぺら喋って良かったのか?」
——あー……
やってしまいましたわ。
いくらなんでも、出会って間もない相手に国家機密である予言書の存在を明かしてしまうなんて、迂闊にも程がある。
どうしたのものかと天井を仰ぎ見る。
沈黙の中で、部屋に備え付けられた時計の音が異様に響く。
どれだけ思考を巡らせても、喋ってしまった事実は消せない。
なので、
「これで——一蓮托生ですわね!」
「考えて喋れや!!」
お読みいただきありがとうございます!
少しでも気に入っていただけたり、続きが気になるなぁと感じていただけましたら、幸いです。




